仕事がひと段落ついた俺達は、萌香ちゃんに電話をすることにした。店の固定電話から、かけるも、全く出ない。仕方がないから陽輝のスマホからかけたら、さっきの苦労が嘘のようにすぐに出てくれた。
「陽輝さん? 嘘!」
そんな甘い声が電話口から漏れてきた。
「飯沼さん。今日は、何で来なかったの」
スピーカーをタップした後、陽輝が単刀直入に聞く。萌香ちゃんは「急にお腹痛くなっちゃって……」と言いつつも悪びれる様子はない。
「無断欠勤したってことは、やる気がないと取られても仕方ないよ。昨日の和也との件もあるし。正直俺達の間では、新しい人を探そうかという話も出ている」
陽輝なりに優しい言い方を心がけているみたいだけど、まだキツイ言い方だな。電話切られないかな。とひやひやしながらやり取りを聞いていると、彼女から思いもかけない言葉が飛んできた。
「辞めたくないです! 無理やり辞めさせられたって、お店の前で言いふらしますよ!」
俺の口から、思わず「ええ……」と困惑がこぼれる。
「あ、和也さんもいる! 二人で私を追い出すんですんだ、ひどい!」
「いや、そういうんじゃないけど……逆に何でうちの店にこだわるの?」
「それはもちろん、陽輝さんがいるから」
頭を抱えたくなる言葉に、思わず陽輝と顔を見合わせる。
「一目惚れだったんです。目がきりっとしててかっこいいし、背も高いし、声も低くて……」
彼がかっこいいのは同意するけれど、仕事は仕事できちんとして欲しい。
(面接では、明るくていい子だと思ったんだけどなあ……)
人選を間違えたかもしれないと、考えながらも、とりあえずは彼女の辞めたくない思いを尊重したいと考えた。今から教育すれば、後に三人で笑い話にできるかもしれないし。
「まあ、辞めてもいいですけど、条件があります!」
前言撤回。辞めてもいいんだ……
「私、陽輝さんとデートがしたいです。一回デートしてくれたら、キッパリ辞めます」
今度は陽輝が「はあ?」と困惑の声をあげる。
「えと……話を整理すると、仕事は辞めるんだね?」
「はい!そこはキッパリもう行きません」
「うん……わかった。その上で、陽輝とデートがしたい、と……」
このままでは陽輝がスマホを握りつぶしそうなので、さっさと話を終わらせようと考える。
「わかった。それで丸く収まるなら俺は良いけど、陽輝はどう? デートできる?」
「うん。和也が言うなら……」
と、そんな訳で、陽輝は飯沼萌香ちゃんと一日デートすることになった。正直、俺的にも良い気はしないけれど、これから先つきまとわれる事を考えると、仕方ないかなと飲み込んだ。陽輝は言葉にはしなかったけれど、めちゃくちゃ嫌そうだった。
店の為とはいえ、俺(陽輝)は好きでもない女とデートすることになってしまった。何やかんやで当日になってしまったし、まあ和也との明るい生活の為と思って一日だけ我慢する事にした。
駅前の、大きなモニュメント前。待ち合わせ時間十分前に現地に着くと、まだ彼女は来ていないようだった。その時点では何とも思わなかったのだが、しかし、五分前になっても約束の時間丁度になっても彼女は現れなかった。
(何なんだよ。社会人としてどうなんだ)
イライラしてそう考えていた時、やっと彼女は現れた。
「陽輝さーん! お待たせしました」
遅い。三分過ぎているじゃないか。何なんだコイツはとますますイラつく心を落ち着かせすと、言葉を返した。
「うん。遅いから心配した」
「心配してくれたんですか? うれしい!」
どうやら社交辞令という言葉を知らないようだ。
「じゃあ、行きましょう。行きたいところ決めてあるんです!」
さっそくと腕を絡め、彼女は俺を引っ張っていく。ああ、長い一日になりそうだ。
その後、ゲームセンターで何かのキャラクターのぬいぐるみをとったかと思えば、小さなカフェの小さなケーキを向かい会って食べたりと、デートはつつがなく進んでいった。
「楽しかったですね! これ、ありがとうございました」
ゲームセンターでゲットしたぬいぐるみをぎゅっと抱き、彼女は楽しそうに笑った。
「うん。結構かかったけどね」
その金額を考えると、彼女が金銭的に困っている様子は無く、とてもアルバイトを辞めたばかりの人間には思えなかった。その事を問うてみると、彼女は笑い、答えた。
「うち実家が太いというか……飯沼商会って分かりますか? おじいちゃんがそこの社長で、だからお金の心配はないんです」
飯沼商会と言えば、この県に住む人間なら知らない者はいないくらいの規模の企業じゃないか。なおさら、何でアルバイトなんてしていたんだ。
「だから、陽輝さんがかっこよかったからです! 言っちゃえば私の推しなんですよ」
「ああ、そう……」
またそれか。正直和也以外に何か言われても嬉しくもなんともない。
「で、気は済んだかな。デート、もう終わりで良い?」
慣れない事をして疲れたし、早く帰って、和也に会いたい。そう考えて言ったのだが、彼女はまだ物足りない様で、「最後に!」とスマホの画像を見せてきた。
「私、バーに行ってみたいです! 大人って感じですよね!」