「あの、お二人って付き合ってるんですよね?」
アルバイトの飯沼萌香ちゃんが、厨房業務の合間にそう聞いてくる。
「うん。そうだよ」
彼女だけではなく面接に来た人たちにも俺達の関係を話した。そのうちわかる事だし、隠すようなことでもないし。
「馴れ初めとか聞いていいですか?」
「んとね。高校生の時に、俺から告白して、オッケーもらったんだ」
「へえ! 陽輝さんからじゃないんですね」
「そう。俺から」
「陽輝さんてかっこいいですよね。優しくて背も高いし、筋肉あって重い物さっと持ってくれるし」
「うんうん。わかる」
「私も、彼氏欲しいなあ」
「うん。がんばって!」
なんだろう。何か会話がおかしかった様な気もする。作業しながらだからよく分からなかった。
「中華丼、二つ!」
「はーい!」
その違和感の正体に、俺はのちに気が付く事になる。
ある日、ふと厨房からホールを見ていた時、陽輝が常連の女性と話をしているのを見つけた。最初は注文かと思ったけれど、妙にひそひそ話をしているように見えた。
「何を話していたの?」
後で聞いてみたら、彼は少し言い淀むような様子を見せた。
「あのさ、気を悪くしないで欲しいんだけど……」
「うん」
「飯沼さん、ちょっと危ないかもしれない」
「うん?」
聞けば、ボディタッチが多い、自分に対する態度が度を越えている、と言う事らしい。
「常連の人にも言われたから、俺の勘違いじゃないと思うんだけど」
「なるほど」
ここは店主の腕の見せ所という奴かもしれない。きっと話せば分かってもらえるだろう。しかし店が空いている時に話を聞いてみると、彼女の態度は思ってもみない物だった。
「何かいけないですか?」
「え?」
彼女は悪びれる様子もなくそう言い放った。
「確かに、お二人はお付き合いしてるみたいですけど……でもそれって、私が何かしたら悪いって事と関係ないですよね。そうじゃないですか?」
「え、え? 何言ってるの?」
人を食ったような調子で彼女は小首をかしげる。本当に理解できないといった様子だ。
「だって俺と陽輝は付き合っていて、ずっと一緒にいるって約束してるし……」
「だから、何で誘惑したらダメなんですか?」
まるで話が通じない。あっけに取られて俺が黙ると、萌香ちゃんは論破したと思ったらしくニコニコ笑う。
「私、欲しいものは、自分から取りに行くタイプなんです」
「だからって人のものを盗るなんてダメだよ」
「盗られる方は魅力がなかったってだけだし、私負けたことないから解らないし」
「ふざけないで! 怒るよ」
少し肩に触れたつもりだったが、彼女は俺が思っている以上によろけて尻餅を着いた。
「きゃ、痛―い!」
「あ、ごめん……」
何だ何だとホールがざわめいたのが音で分かった。「どうした」とホールから陽輝が覗く。
「あ、わざとじゃなかったんだけど……ごめんね。萌香ちゃん、大丈夫?」
俺が手を伸ばすと、彼女は過剰に怖がる様子を見せ、「突き飛ばされたんです!」と叫ぶ。
「和也さんこわいー」
「ごめんて……」
困って陽輝の方を見ると、何となく状況を理解してくれているのか、冷めた目で萌香ちゃんを見ていた。
「陽輝さん……」
うるうるした目で陽輝を見るが、彼が自分を全く心配していないことに気が付いた様で、すっと立ち上がる。
「何なんですか、もう!」
「うーん。とりあえず、今日はもうあがっていいからさ。明日からまたよろしくね」
結局彼女は、ぷりぷりしながら帰っていき、そして次の日現れなかった。
「何なんだよ、あの子……仕事なめてるのか」
その日の仕事終わりに、陽輝が毒づく。厨房もホールも、そこそこ忙しくてシンプルに大変だった。
「まあまあ。でもびっくりした。最近の女の子ってみんなあんな感じなのかな」
いない人間を悪く言うのも良くないけど、今回は完全に貧乏くじだったように思う。
「新しい人見つけないとかなあ」
「いや、このまま来るかわからない奴メンバーに入れられないよ。さっさと探そう。俺、彼女に電話しておく。もう来なくていいって」
「何かかわいそうだね」
「ちっともかわいそうじゃない。むしろ和也が被害者だろ」
ところでどうして陽輝は彼女ではなく迷わず俺を支持したのだろう。
「え? だって、お前が理由もなく女の子突き飛ばすわけないだろ? 何かわざとらしかったし」
それでこそ、俺の大好きな陽輝だ。照れながらも、そう思った。
「ありがとね。俺のこと分かってくれてて」