「陽輝さんて、本当に大人って感じですね」
俺は今この女性と、バーに来ている。年齢は二十二歳。長い下ろした茶髪に胸の大きさを強調するような服。胸でっか。
「私、好きですよ。陽輝さんみたいに一途な人」
「そうですか」
「興味があります。あなたみたいなミステリアスな人。もっと知りたいな」
俺の手の甲にふわりと手を重ねてくる。どうしてこんな状況になったのか。それは、今から二カ月前に遡る。
「和也、陽輝。聞いてくれ」
新嶋さんが、俺と和也を呼ぶ。何かと集まれば、彼はこう切り出した。
「都会に息子夫婦がいるって話しただろ? 息子がさ、こっち来ないかって言ってる。俺はそれに乗ろうと思ってるんだ」
これまた、突然の話だ。和也は「ええ!」と驚きの声をあげる。
「お店、辞めちゃうんですか?」
「うん。後はお前らで好きにやったらいい。建物も好きなようにいじって良いから」
彼の話によると、一カ月後には都会に移住する話が出ているようだ。急ではあるが、いつかはそんな話が出るかもしれないと考えていたのも事実だ。ほぼ俺達で店を回す日も増えてきたし、彼ももう七十四歳だ。
「お前らももう二十六歳だろ。俺の身体もさっと動かなくなってきたし、キッパリ次の世代に譲る!」
「寂しくなります。お疲れ様でした。」
「ばあか。またひょっこり会いに来るからさ。店潰すなよ?」
さて。新嶋さんが抜けるとなると、一人新しいスタッフが欲しいところだと、俺は考え、和也と相談した結果、求人を出すことにした。
「時給千二百円までなら出せる」
「安くないか?」
「でも、あんまり出せないのは確かだし……」
「お前らが決めてやってみろ」
後は、料理の味の引継ぎだが、これはもう既にクリアしていた。和也が、天才的な才能を発揮していたのだ。新嶋さんも合格点を出していた。
「うまい。俺に教えることはもう、ないな」
まあ、継承が出来たからこそ、息子夫婦の所に行く決意をしたのだろう。
「もう少し教わりたかったなあ」
「独り立ちならぬ、二人立ちだな。頑張ろう」
それで、何人か面接をして、合格を出したのが、茶髪の髪の長い女性だった。
「よろしくお願いします。飯沼萌香です」
そして、彼女の働き具合はというと、問題なく、しかも性格も明るく、和也の次くらいに人気者になった。萌香ちゃん、と呼ばれ、気のせいか中年男性の客層が増えた気がする。
「萌香ちゃんかわいいから、毎日来ちゃうな」
そんな声が、客席から聞こえた。和也に「最近不健全な客が増えた気がする」、と話したら、「まあ、良いんじゃない?」と笑っていた。
そして、ついに新嶋さんが都会へと旅立つ日がやってきた。息子と思しき男性が迎えに来て、俺達に頭を下げていった。
「すみません。挨拶が遅れてしまって……父さん何も俺達に話してくれないから」
「ばか野郎。俺には俺のやりたい事があるんだ」
最後までそんな調子で、息子の運転する車に乗っていってしまった。
「じゃあな。達者で暮らせよ。たまに見に来るからな」
そして、時は冒頭の月になる。
俺達は定休日で、和也は二階で事務仕事を。俺は近くのコンビニへと夕飯などを買いに行っていた。すると、見覚えのあるシルエットの女性がいた。彼女も俺に気が付いたようで、声をかけてきた。
「あれ! 陽輝さんじゃないですか」
飯沼萌香さん。アルバイトの女性だ。
「えー奇遇! 買い物ですか?」
「うん。そんな感じです」
コンビニに買い物以外の目的があるのだろうか。ぼんやりそんなことを考えてしまう。早く帰りたい。適当に会話を切って帰ろう
「ごめん。急いでるから、また明日」
その日は、それで終わったのだが。次の日から、どうも彼女の様子がおかしくなった。やたら、ボディタッチが多くなったのだ。例えば、注文の品を厨房から渡す際に手に触れる。呼びかける時に、背中に触れる、など。
(こういう事って注意すべきなのか? いや、でも仕事はきちんとしているし……)
「陽輝さんと和也さんて、どっちが店主なんですか?」
「んー俺かな。陽輝は料理出来ないし、一応形式上はそうなってるよ」
「えー陽輝さん料理出来ないんですか? 何かかわいい!」
「手先不器用だからね。包丁握らせてみなよ。おもしろいよ」
和也とはうまくやってるみたいだし、俺が気にしすぎなのだろうか。そう考えて気にしない事にした。