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第23話 お前がいないと

 そして、当日。

ついにこの日が来た。柄にもなく緊張している俺は、指輪をスタッフに預け、他のカットを撮影してもらっていた。

「陽輝、緊張してるー」

何も知らずに、そう笑う和也。しめしめ、これからプロポーズされるとも知らずに。小道具はフォトフレーム、赤い糸、など色々なものが用意されていたが、俺は、彼が楽しそうに笑っていたのでジャンプするだけの写真が結構好きだった。

「では、恐らく枚数的に最後になりますが、何かやりたいポーズありますか?」

(さて……)

「じゃあ、お願いします」

手を上げスタッフに目配せすると、彼女の笑顔がぱあっと輝く。

「かしこまりました!」

スタッフからリングケースを受け取る。よく分からないなりに、心を込めて選んだものだ。片膝をつくと、和也が口元を押さえ驚いた様子を見せる

「和也さん。聞いてほしい事が……あります!」

 喉が渇いて、声がうまく出ない。きっと答えはイエスなはずなのに、もしもを考えてしまい、ドキドキする。

「はい……!」

和也も、状況を理解したようで、キラキラした目でこちらを見てくる。

「俺は、高校生の時から、貴方を慕っていました。俺の一人よがりだと思っていた想いと、貴方も同じものを持っていてくれて、本当にうれしかった」

 波が引いては返す音が妙に大きく聞こえて。心臓も破裂して無くなってしまいそうだった。手が震える。うまく力が入らない。

「和也さんと、一生を共にしたいです。結婚という形が出来ない分、気持ちを込めました。俺と、ずっと一緒に……」

 その時だった。

 びゅうっと海風が吹いて、瞬間的に砂が巻き上げられた。

「うわ!」

和也が顔を腕で覆い、悲鳴をあげる。風が収まるまで五秒程だろうか。邪魔が入ったが、ようやくこれでプロポーズを再開できる。

「俺と、ずっと…………え!」

 目を開けて、再開した時、異変に気が付いた。両手で守っていたはずのリングケースが、ない! 風下の海の方を見ると、今まさに、波が半分埋まったケースを流そうと迫ってきているではないか。

「あああ!!」

慌てて立ち上がるものの、バランスを崩して転び砂まみれになり、その間にリングケースは流されていった。

「ああ…………」

貸衣装で海に入る訳にもいかず、なすすべもなく流されていくのを見守るしかなかった。

(どうしよう……最悪だ……)

絶望して立ち尽くしていると、和也と目が合った。恥ずかしくて泣きそうだった。しかし瞬間、彼は上着を脱ぎ放り投げ靴を脱ぐと、勢いよく海へと走っていった。

「ちょ……え!」

「大丈夫! 見つけるから!」

そう言い、じゃぶじゃぶと周りをかき分け始めた。スタッフやカメラマンが何か話している。

「和也! いいよ危ないから!」

「ダメ! やだ!」

 たまらず、俺も上着を脱いで海へと走る。着衣で濡れる不快感よりも、後のクリーニング代よりも、今は彼が心配だった。

「指輪なんてどうでもいいから! またいくらでも買うから! 戻って!」

「待って、もう少しだけ……」

背面から抱きつくようにして彼を砂浜に誘導するのだが、全く捜索を止めてくれない。

「だって……だって、陽輝が初めて俺にくれた指輪……失くしたくない……」

「ああ……」

 そうか。それを気にしているのか。確かに今までプレゼントらしいものなんてあげた事ない。彼がずっと傍にいてくれると、甘えていたのかもしれない。

「ごめん……本当にごめん……今度指輪、お揃いの買いに行こう! ちゃんとした店で買おう! だから、今日だけ我慢して……和也がいなくなったら、俺、生きていけない……」

感極まって涙が出てきた。そのまま彼を引き寄せ、思い切り抱きしめた。

「お願いだから、危ない事しないで。俺とずっと一緒にいて……」




あれから二週間経った頃。月島家に荷物が届いたとの連絡が和也のお母さんから来た。

「何か、大きいんだけど。和也何か頼んだの?」

封筒を開けてみれば、アルバムとDVDが入っていた。

「なあにこれ?」

「実は、二人でウエディングフォト撮ったんだあ!」

自慢げに言う和也と、「あらあら!」と興奮するお母さん。

「何よそれ! ラブラブじゃないの! 見せて見せて!」

「ダメ! 秘密なの!」

「何でよお! 恥ずかしがらないでいいじゃない! 見せて!」

 二人でわちゃわちゃ取り合っていると、ばさっとアルバムが落ちた。

「全く。本が傷むじゃない、か……」

開かれたアルバムに写っていたもの。びしょ濡れの俺と和也が抱き合いキスをしている。

「おおっと」

何とか平静を装い、勢いよく閉じる。

「……見ました?」

お母さんに聞くと、ふふふと彼女は笑い言った。

「なーんにも見てない!」

絶対見た奴だこれ。乾いた笑いを浮かべながら和也を見ると、赤くなった彼が一言「しょっぱかったね」と笑った。

「なんか生々しいな……」




出資者の新嶋さんには見せない訳にはいかず本を手渡す。一通り見て「何だあこれ、エロ本か?」と感想を述べてくれた。

「おまえら何しに行ったらこうなるんだ? 後半びしょびしょじゃねえか」

「まあ、色々ありまして」

 衣装は買い取りになったけれど、スタッフやカメラマンは何故か喜んでいた。

『すっごく、いい画が撮れましたよ!』

『これぞウエディングフォトです! 感動しました!』

DVDも確認すると、コマ送りでこの前の様子が写っていた。俺はそれを白目をむきそうなのを堪えて見ていた。和也はというと、何だか楽しそうだった。(新嶋さんは呆れていた)

「陽輝! いい思い出になったね」

「ん? うーん」

 正直指輪が手元から無くなった事はむなしいが、まあ、彼が楽しそうだから良い事にしよう。

「和也。ありがとうな」

「うん!」

俺の脳裏にこの前の会話の様子が思い起こされる。

『俺、お前がいないと生きていけない……俺とずっと一緒にいて』

 膝上まで海水に浸かりながら和也を抱きしめると、俺を抱き返して彼は言った。

『当たり前でしょ。言われなくても俺達ずっと一緒だよ!』


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