和也がチラシを見ている目は、明らかに興味を持っていて、その願いを叶えてやりたいと思った。あと、シンプルに彼のドレス姿が見たかった。金は俺が出せばいいとして、問題は休みだ。店主の新嶋さんに声をかけてみると、休日取得を了承してくれた。おまけに資金まで。
(まずい。俺の出番がない)
金をかっこよく支払い、和也に良いところを見せるチャンスだったのに。そう考えモヤモヤしたものを抱えながらも、まあ彼の笑顔が見られるなら、と思っていると、一人になったタイミングで新島さんが俺を捕まえて言った。
「おい。おいおいおいおい……」
「何ですか」
「陽輝よお。俺、天才かもしれない」
「だから、何なんですか。気持ち悪いですよ」
新嶋さんは腕を組み、うんうんと一人で唸っていた。
「おまえさ、いますぐ指輪買ってこい」
「はあ?」
何の話をしているんだ。まさか、ついに老いがきたのか。そう考えていると、よく理解していない事を察したのか、「鈍いなあ!」と彼が唾を飛ばす。
「だから、写真撮る日までまだあるだろ? それまでに指輪買って、その日告白するんだよ!」
その時、俺と新嶋さんの考えている事がリンクした。要するに、公開プロポーズをしろと言っているんだ、この人は。
「まさか、え……」
「まさかじゃない。嫌ならいいんだよ。ただ、まだ結婚してくださいって言ってないんだろ? この機会しか無いと思うけどなあ」
「いや、でも……ええ?」
「何だ、クネクネしやがって。気持ちわりい」
本当にこのロマンチストじじいには困ったものだ。でも、でも……想像してしまった。たくさんの人の前で祝福されるようなプロポーズをしたら、和也がどんな顔をするか……
「ちょっと……」
「ちょっと?」
「だいぶ……かなり、見たい。です」
「なら、決まりじゃないか」
と、言うわけで店の定休日に、隣町のジュエリー店に来たのだが。
(和也の指のサイズがわからない……)
俺としたことが、何で来てから気が付いたんだ。本当にどうかしている。とりあえずデザインだけ見て帰ろうと思ったのだが、値段が違うということ以外訳が分からない。
「ご婚約ですか?」
うんうん唸っているうちに、店員が来てしまった。
「はい。今度プロポーズしようと思うんですが、正直どれがいいか分からなくて……」
その後、色々なものを見せられて説明されたが、全部同じに見えて半分も入って来なかった。
(まずいぞ。こんなに難しいと思わなかった。もしかしたら、何店舗かまわった方が良いのでは……?)
帰った後にネットで調べたら、指輪のサイズは寝ている時に紙を巻いて測るのが良いとされていた。と言う訳で、和也が寝るのを待っているのだが。こんな時に限って寝ない。ちらちら見ていたら、夜の誘いと勘違いされてしまった。
「もう。えっち! 今日はダメ」
正直エッチなのは和也だ。いや、そうじゃなくて、お前の左手の薬指のサイズを測りたいんだ俺は。そう考えながら、機会を伺っていたのだが、その日はそのまま寝落ちてしまった。朝の光を浴びながら、絶望した。
「指輪のサイズがわからないって?」
その日、新嶋さんが経過を聞いてきた為に、仕方なくそう相談した。
「あー……それは俺にはどうしようもねえなあ」
「ですよね」
「ん! 待て待て。そういえば……!」
少し考えた後、彼はバタバタと俺達の部屋に向かう。
「ちょっと、荷物触らないで下さいよ?」
「ばか野郎、俺が用事があるのはこっちだ」
そう、部屋の三面鏡を指さして、引き出しを次々に開けていく。
(なんだか泥棒みたいだな……)
「ああ、ないないないない……これだ!」
一番大きな引き出しの中に合ったものは、年代を感じる四角い小さなケースだった。というか。
「これ、リングケースですか?」
「リングケース? 違う指輪入れだ」
それをリングケースと言うんだが。
「女房の婚約指輪だ。俺の頃は、給料三か月分だから、あの時の値段で……いくらだったか、まあいいや。これを使えよ。これで小さければ大きく、大きければ小さめにすればいいだろ」
「おお……」
恐らくダイヤが一粒。なるほど、現物を基準で測るという方法があるか。
「でも、俺がやったら指輪を買おうとしているのが丸わかりですよね。新嶋さん、何かうまい具合に測ってきてくれませんか」
「んーまあ、良いだろう」
「その後どうですか」
頃合いを見て新嶋さんに聞いてみると、彼は首を横に振る。
「駄目だ。和也の奴、『ここにするのは、陽輝からしか嫌なんですう』って嫌がるんだ」
身をくねらせ猫なで声でそう言う。まさか、それは和也の真似じゃないだろうな。
「そうですか……良い作戦だと思ったんですけど」
期待していただけに落胆してしまう。何か別の方法を考えなければいけなさそうだ。
そう考えながら、仕事を終えて部屋に行く。すると、先に和也が戻っていた。
「あ、陽輝……」
俺に気が付くと、さっと手を後ろに回し何かを隠した。
「ん? どうしたの」
「いや、あのね。何でもないんだけど……えへへ」
手の甲を向けて見せられた和也の左手をよく見れば、薬指にピタリと指輪がはまっているではないか。
「ああ!」
「違う違う! これは新嶋さんの奥さんのをしてみただけ!びっくりさせてごめんね」
言うまでもなく思わず声が出た理由は、散々嫌がっていた和也が指輪をしていたからなのだが。
「いや、俺も大きな声を出してごめん……どうしたのそれ」
「んー何となく! 今日新嶋さんがね『女房の指輪なんだが、おまえはめてみないか?』って」
眉根を寄せ、わざと低い声を出してそう言った和也。かわいい。新嶋さんの真似だ。
「そう。ぴったりだな」
「うん!」
しめしめ、これと同じサイズを作ればいいんだな。と内心喜んでいるのを悟られないように、しながらその後も適当に会話をした。
「ウエディングフォト楽しみだねえ。どんなポーズしようか!」
「和也とならなんでも」
「ねえねえ、寝る前に一緒に考えようよ。こういうのとか、こういうのとか!」
まるで修学旅行の前の日のように、はしゃぐ和也。
(かわいい。絶対良いプロポーズにしよ……)