「和也ちゃん! 陽輝くんも! あなた達こういうのに興味ない?」
しまやに新しい店員が増えたという話が回ったのか、はたまた宣伝効果か、少しずつ客足が戻ってきた頃。常連の
「いらっしゃいませ。どうしたんですか?」
「これよ。ウエディングフォトって言うんだけどね。」
興奮気味にチラシを取り出し、お店のテーブルに広げた。
「結婚式みたいに、キレイなお洋服を着て写真を撮ってもらえるの! ねえ。おばさん見たいわあ和也ちゃんのドレス姿!」
「ドレス、ですか?」
この人は、どうも俺のことを勘違いしているような気がする。悪気はないから困ったものだ。
「あの、俺女の子にはなれないかもです……」
「女の子にならなくていいのよ。今はジェンダーレス? の時代でしょう? 陽輝くんだって見たいでしょ?和也ちゃんのドレス姿!」
呼ばれて振り向いた陽輝。
「すみません。ご注文を先に」
「もークールねえ!」
「あと、ドレスは見たいです」
「え、何で?」
陽輝が表情を崩さないまま、グッと親指を立てる。ああ、これはテンションが上がっているときだ。
「とにかく、見るだけ見てみて頂戴。チラシ置いていくから」
昼のそこそこ忙しい時間帯を乗り切り、比較的ゆっくりした時間が流れている。エプロンのポケットがカサと音を立て、そういえばこんな紙をもらったな、と改めてウエディングフォトのチラシを見ていた時の事。
「興味あるのか?」
陽輝が背後から覗き込んでくる。
「いや、何か楽しそうだなって」
「ふうん」
陽輝はそう唸ると、「行く?」と聞いてきた。
「でも、結構値段するし、今は資金貯めたいかなって」
「そうか」
すると、陽輝が「新嶋さん!」と厨房の店主を呼ぶ。驚きながら見ていると、店主が顔を出す。
「何だ!」
「和也のウエディングドレス姿が見たいんですけど!」
「ばあか! 頭沸いたか」
過程を説明すると、新嶋さんは「なるほどな」と唸った。
「時におまえら、何か式みたいなのは挙げたのか」
「式?」
「例えば、どこかに書類を出したとかもそうだ。そういう、区切りみたいなのが無いと、締らないだろ? 俺は案外いいと思うがな」
「新嶋さんて、意外とロマンチストなんですね」
「うるせえな。俺はな、お前らを孫みたいなもんだと思ってるからよ。心配なんだよ。金なら、俺が出してやるから」
「ええ! ダメですよ、そんな……」
「じじいの年金なめんなよ」
新嶋さんは、にっと笑うと立ち上がり、住居エリアに消えていく。戻ってきた彼の手には、厚い銀行の封筒。
「……で、いくらだ」
「多いです多い!」
「ばか、全部はやらねえよ」
その後何回か押し問答した結果、彼に支援してもらうことになった。ありがたいけれど、何だか申し訳ないな。
そして、撮影当日。俺達は海辺にいた。
「和也さんと陽輝さん! せーの!」
スタッフの掛け声に合わせて、俺と陽輝がジャンプする。パラパラパラ……とシャッターが切られ、確認の後、こんな感じでどうでしょうとカメラマンが俺達に聞いてくる。
「白いタキシードって、こういう時以外で着る事ないよねえ」
「確かに」
陽輝とお揃いの服。何だか照れてしまう。映りを確認すると、俺の方が頭一つ高くジャンプしていて、何だか面白かった。
「俺、めっちゃ飛んでる!」
「こういうのも残しておくと、思い出になりますよ」
スタッフに言われて、「なるほど!」と返す。
その後も、色々なポーズで撮った。気に入ったのは、赤い糸を使った写真。手元とバストアップの二枚撮ったんだけど赤いモールが『LOVE』の形になっていてかわいかった。
「では、恐らく枚数的に最後になりますが、何かやりたいポーズありますか?」
カメラマンがそう聞いてくる。
事前に考えていたものは出来たし、俺的にはかなり満足だった。陽輝に「どうする?」と聞くと「じゃあ……」と彼は手を上げた。
「お願いします」
すると、スタッフがこちらへと駆け寄る。陽輝が何かを受け取った。何が起こるのかと戸惑いながら見ていると、赤い顔の彼と目が合う。真剣な眼差し。そしてゆっくりと片膝を付く。
「え……ええ!!」
思考より先に、心が理解した。この格好ってまさか……
「和也さん。聞いてほしい事が、あります」