「また来たのか。仲間引き連れて……」
「すみません。お節介だとは思ったんですけど。これ、お土産です。この前のお詫びも兼ねて」
新嶋さんはいつもの場所。厨房の丸椅子に座り新聞を読んでいた。
「悪いけど、何度来ても変わらないよ。帰ってくれ」
「あの今日は、ご飯食べに来ただけなんです」
「あんたが来ると面倒な事ばかりだ。あんたは出禁だ、出禁! 帰ってくれ」
「そんな……」
確かにもうこれ以上は、他人が踏み込む場所ではないのかもしれない。諦めて帰ろうかと思ったその時。
「はっきり言って貴方って構ってちゃんですよね」
そう言ったのは、背後から現れた陽輝。
「は?」
新嶋さんの眉が跳ねる。
「そんなに言うなら、店を閉めておけばいい。見た所、二階は住居スペースっぽいから、来そうな時間帯は外出するかそこにいればいい。結局この彼が来るのが刺激になってるんじゃないですか?」
「ちょっと、陽輝……!」
「あんた、そこの黒い兄ちゃんの方だ。言うじゃねえか。店の経営ってもんがあるんだ、そう簡単に閉めるわけにいかねえんだよ」
「でも、利益が無ければ開ければ開けるだけ損じゃないですか。電気代に空調に……俺なら、さっさと店たたんじゃいますね。」
薄く笑い、そう陽輝は新嶋さんにそうまくし立てた。俺は、それをヒヤヒヤしながら見ていることしかできない。
(あわあわ……やっぱりこうなるじゃないか。せっかく、ゆっくり仲良くなろうと思ってたのに、おしまいだ……)
頭の中に、椅子を投げられたり罵倒されるイメージが沸いて、自分が小動物になったような錯覚に陥った。
「……確かに、開けるだけ損だよ。それは本当だ」
しかし、予想に反して、新嶋さんの言葉は柔らかかった。
「でもなあ、理屈ではそうでも、事情も知らないガキに偉そうに言われたらそりゃ、気分が良くないわな。帰れ。あんたら二度と顔見せないでくれ」
(ひえー!怒ってないと思ったら、これ本当に大人が怒ってる時のやつだ!)
「陽輝! もう、いいよ。今日は帰ろう?」
双方の間の、バチバチした空気に耐えきれない俺は、陽輝を揺すり、帰宅を促す。
「俺が悪かったから!俺がお節介過ぎたんだ」
「いや、和也は悪くない。悪いのは、この、頑固じじいだ」
「頑固じじいとは誰の事だろうね」
「もー!」
「茶髪の兄ちゃんよ。あんた、何なんだ? こいつは。どういう育てられ方したらこんな仕上がりになるんだ」
「えと…………」
陽輝が、ため息を吐いて続けた。
「じゃあ、言いますけど、事情を知ってるガキなら良いんですか。こいつは、貴方のことを知りたがってますよ」
俺の背中を押す陽輝を見上げると、彼は両目をギュッと瞑った。(多分ウインクをしたつもりだ)
「話聞かせてやって下さい。お願いしますよ」
残された俺と新嶋さん。少しの沈黙の後、話し始めたのは新嶋さんだった。
「あんたら、何で俺にこんなに構うんだよ。ちょっと異常だぞ」
「うーん、何か放っておけなくて。俺、小さい時に父親が死んでしまっていないんです。新嶋さんを見てると、パパとかおじいちゃんがいたらこんな感じかなって。勝手に親近感覚えて……仲良くしたいなって」
「ふうん……」
新嶋さんは、怪しそうに俺を一瞥すると、なぜか出口に向かって歩いて行った。ガラリとあけると「あんたも。いるなら入りなよ」と外を覗き込んで言った。何かと思ったら、なぜか陽輝が入ってきた。
「陽輝……帰ったんじゃないの?」
「いや、いる。和也が出てくるまで居ようかと」
「えー何で! 暑いでしょ? ダメだよ」
「ここで言い合うなよ。あんたら、本当に何者なんだ。どういう関係だ?」
「俺達は……」
そこまで言って、少し考えた。この年代の人に同性のパートナーというものが伝わるのかイマイチ不安だったからだ。新嶋さんのことはまだよく知らないし、どういう感性か分からないし……
「和也は、俺のパートナーです。平たく言えば恋人ですよ」
俺が考え込んでいるうちに、陽輝が当然のように言い放った。俺はと言うと、親しい人以外に伝えるのが初めてで、何だか気恥ずかしくなって笑ってしまった。
「えへ……」
「何も恥ずかしい事ないだろ?」
「うん。そうなんだけど……何か変な感じ」
一方、新嶋さんは、俺と陽輝を交互に見て、目を白黒させていた。
「あんたらが、恋人??」
(うーん。やっぱり難しいかな……)
そう、諦めにも似た感情が現れた時。
新嶋さんは豪快に笑いだした。俺は、初めて彼が笑ったのを見た。
「がはは! 面白いじゃないか。そうだよな。そういう事もあるよな」
俺を守るように睨みを効かせていた陽輝が、今度は目を白黒させる番だった。
「何なんだ……」
「あー悪い悪い。笑う事じゃないよな」
新嶋さんは自らの膝をパァンと叩くと、「気に入ったよ」と呟いた。
「あんたら気に入ったよ。てか、しつこくて敵わねえ。負けた負けた……とりあえず、腹減ってないか?」
にっと笑い、新嶋さんが業務用ガスコンロの前に向かう。
「チャーハンで良いよな」
「えと……じゃあ、たまには違うものも食べてみたいです」
「なんだよ。俺のチャーハンの味に惚れたんじゃなかったのかあ?」
「新嶋さんのつくる他の料理が食べたいんですよ!」
何だか良くわからないけれど、俺達は気に入ってもらえたようで。その日から、俺と陽輝はこの店、『しまや』でお手伝いをしながら新嶋さんとの親睦を深めることになった。