そのまま、誘われるままに和也の部屋へ着いた。着いたのだが。
「最近色々あったからさ。片付けも終わったし、今日は陽輝とゆっくり過ごしたいなって」
彼はそう言って、ベッドに腰かけた。
「うん……」
まあ、和也はそうだよな。性的なことにあまり興味なさそうだし、きっと女性経験だってない。和也の隣に腰かけると、身を寄せてきた。
(やばい。俺の理性持つかな)
本格的に心配になってきたとき。和也が口を開いた。
「まあ、そうは言ったけどさ……」
俺の手をゆるゆる握り、自らの胸にあてがった。
「俺は、陽輝がしたいなら、いいよ」
その言葉に、ドキッとした。これは完全に誘われている。潤んだ瞳が、真っすぐにこちらを見つめていた。据え膳食わぬは何とやらで、大抵の男ならこのまま進むのだろう。しかし。
俺は、彼の頭を撫でて「ありがとうね」と額にキスを落とした。
「ありがとう。でも、無理しなくていい。和也が嫌な事はしたくないから」
俺の手を握った彼の手は震えていた。先ほどの俺の様子を見て、彼なりに覚悟を決めたのだろう。
「でも……」
「確かに、俺は和也とそういう事したいし、多少我慢もしてる。高校生の時から」
「じゃあ……」
「でも、高校生の時からだから、もう慣れてる。お前がそういう事にあんまり興味ない事も分かってるから」
正直、我慢している度合いは『多少』ではないのだが、そこは格好つけるという事で。
和也は、どうしていいか分からないと言った具合で、不安そうに俺の話を聞いていた。
「大丈夫。仮に身体の関係がなくても、俺は和也から離れたりしない」
相変わらず不安そうな和也が、再び口を開いた。
「俺、陽輝としたくない訳じゃないんだ。チューは好きだし」
「うんうん」
「何だろう。チューしてると、お腹の下の方キューってなってドキドキするんだ」
「うーん」
何だか素質がありそうな気がするな。ガードが弱まった所にパンチを食らい、クラクラしてしまう。
「じゃあ、その……しますか。キス」
「何で敬語?」
「二人ともただいまあ」
彼のお母さんが帰ってきた。俺は、気まずい気持ちを隠しながら「お帰りなさい」と答えた。
「おかえりママ!」
「和也ただいまあ……あらあら、二人でお風呂入ってたの? 仲良しねえ」
髪が濡れ、首にタオルを巻いた俺達を見て、お母さんが言う。ぎくりとして、俺はタオルを落とした。
「あの、ちゃんと別々に……」
「やあね。あんな狭い所に二人で入ったなんて思わないわよ」
確かに狭くてびっくりした。和也が脱衣所から入ってきたときはもっとびっくりした。じゃなくて。
曖昧に笑って返した俺をよそに、和也は見るからにウキウキしていて。
「あのね、俺達」「うわあ!」
何か話しだしそうな和也の口を塞ぐ。
「しー! しー!」
母親とはいえ、女性の前でする話じゃない。そう思い、押し込めたのだが。
「あー陽輝くん。気にしないで?」
「え」
お母さんは、いつものようにリビングに向かい、「ありがとうね」と言いながらカバンを降ろして洗面所へ向かう。
「和也だって、男の子だしそういう事するよねえ。逆に気を遣わせてごめん!」
「は、はあ……」
風呂上がりで熱いのもあり、変な汗をかいてしまう。
「気にしないでって言っても、陽輝くんは気にするよね。まあ、夕飯食べながら、三人でちょっと話そっか!」
「和也と亡くなったパパは、血がつながってないの」
衝撃の一言から、家族会議は始まった。
「私昔、奔放というか、いろんな人としてたんだ。もちろん今はないよ?」
「はあ……」
どういう顔をしていればいいか分からず、曖昧な音を漏らした俺をよそに、お母さんは続けた。
「あんまり将来の事とか、考えたくなくて。一瞬だけでも嫌な事忘れたくてさ。もう一回、もう一回でこんな事止めようって思いながらも、そんな日々が癖になって止められなかった。そんな時に出会ったのが、パパ。私が出会った恋人の中で、唯一私に手を出さなかった」
和也はこの事を知っているのだろうか。チラリと彼の方を見れば、動揺している様子はなく、黙々と飯を口に運んでいた。
「まあ、パパはパパだし。正直記憶はないけど、ママが信頼してた人ならいい人なんだろうって、思ってる」
「何が言いたいかっていうとね。この子を大事にしてくれる人となら、私は気にしないし、むしろ歓迎するって話! で!」
お母さんは、急に前にめりになり、俺達を交互に見た。
「どこまでしたの?」
「もう! ママ!」
「ごめんごめん。冗談」
夕飯を吹きだした俺をよそに、お母さんは悪戯っぽく笑っていた。
「陽輝くん。改めて、和也をお願いね。あ、今度ベッド買わないとだ」