「女の子はあっちの列だよ」
黒い髪の小さな男の子が、髪の長い茶髪の子に話しかけている。
「え……?」
あ、陽輝と俺だ。俺は知っている。小学校の入学式。彼が、髪の長い俺を女の子と間違えて話しかけて……ほら、びっくりさせて泣かせてしまうんだ。
ふふ。慌ててる慌ててる。陽輝は昔から優しくて、女の子を泣かせてしまったと思って、周りの目を気にして、俺の口を塞ごうと、抱きしめるんだ。
(何だろう、夢かな。懐かしい。歩けるかな……)
わあわあと泣く小さい俺と、それをぎゅっと抱きしめる小さい陽輝に近づこうとすると、移動できた。視点がドローンみたいだ。おもしろい。
「泣かないで! 泣かないで!」
陽輝が困っている。小さい陽輝かわいいな。
「せんせい! 女の子泣いちゃった!」
近くにいた子が、俺の袖を引く。そうか、俺はこの学校の先生だった。
「どうしましたか? 星空くん」
「お、おれ、女の子違う列だっていっただけなのに、泣いちゃった……」
「そうですか。でもね、月島くんは、男の子なんです。髪が長いから間違えちゃいましたね」
星空くんは、大きな口をぽかんと開け、なおも泣いている月島くんを解放した。
「男の子だったのか!」
そうして、星空くんは月島くんに「ごめんなさい」と謝った。
「月島くんも、もうお兄さんだから、泣かないでお話できるといいですね」
月島くんは、「うん」と頷いた。俺は、何だかその様子にとても満足した。
陽輝がこの家に住むことについてママに聞いたら、「あらあっ同棲? いいじゃない!」と快諾してくれた。
「でも、空いてる部屋物置にしちゃってるから片付けないと。」
「ママ明日講義だよね。陽輝と二人で片付けていい?」
「いいわよ。私の荷物除けておいてね」
ちなみに、ママの仕事は服飾系の大学の先生だ。詳しくは知らないが、毎日通勤しているわけではなく用事のある日だけ行っているらしい。(聞かないと、昼飲みに行っているのか、仕事しに行っているのか分からない時がある)
そして、次の日。二人で片付けることになったのだが……俺たちは言葉を失った。ドアを開けると、まず高く積まれた家電の箱が現れたのだ。これを退かさなくては先に進めそうにない。
「えと……」
陽輝は、見たことがない景色なようで絶句と言った様子だ。それはそうだろう。あんな広い家にお手伝いさんまでいたんだから。
「何か、ごめん」
陽輝は我に返ったようで「いや……」と呟く。
「少し驚いただけ。大丈夫、とりあえずどうしたらいい?」
「箱、たたんで捨てていいと思うからまずはそこから」
入口の箱を片付けると、いくつか衣装ケースなどが出てきた。これらはきちんと積んで、端っこへ……
「この辺の荷物はトランクルームに預けるのもありかもね」
「トランクルームっていうのがあるのか」
「そうそう。場所にもよるけど部屋借りるよりは安いから。詳しくはママに聞いてからってことで……あ、これもしかしたら!」
不織布でできたケースを開けてみれば、高校の時に流行っていた漫画が収まっていた。全巻揃えていたことを思い出して、懐かしいと呟いた。
「覚えてる? これ。クラスの誰かがキャラの走り方真似してたよねえ」
「そうだったっけ。タイトルは何か聞いたことあるけど……」
「陽輝って本当に、俺以外に興味ないよね」
そう、返すと「だって、なあ」と彼は眉を下げた。
「実際そうだから」
面と向かって言われると照れることを平気で言ってくる。そんな陽輝。かっこいい俺の彼氏。
「……ん? これは何だろう。こんな漫画持ってたかな」
近くに置いてあった同じ素材の入れ物を何気なく開く。すると、先ほどの少年漫画に比べ少し大きな本が出てきた。漫画のようだ。ここまでは問題ない。問題は表紙だった。縄で縛られた意味ありげに肌を露出させたくノ一が、頬を赤らめながら、こちらを睨んでいた。
「わ……」
内容はよく分からないが多分やらしい本だ! すかさずその本を隠すと、今度は胸の谷間を強調したやたら軽装な女性が表紙の本が出てきた。
(ひえー何だこれ! 俺のじゃないぞ!)
だって俺はこういった本はこの国にいる時は読んでないし、何より電子派だ。
「これ……」
背後でのぞき込むような体勢を取っていた陽輝が呟く。
「お、俺のじゃないよ? 本当に!」
慌てて弁明するも、彼はよくわからないと言った顔をしていた。
「いや、中学生じゃないんだから、慌てなくてもいいよ」
「あ……そ、そうだよね」
よくよく考えたら、何も恥ずかしいことはないのだ。陽輝に笑われてしまった。
「和也はまだまだウブだな」
「仕方ないでしょ! だって……」
「だって?」
「……ずっと陽輝のことばっかり考えてた、から」
さすがに恥ずかしいし、だいぶ重いと思って「この話終わり!」と付け加えた。
「さあ、片付けの続きしよう!」
そう乱暴に話を終わらせて、屈んだ体勢から立ち上がり振り向こうとした。しかしそれを、陽輝は俺の両肩を掴むことで制す。すとんと、身体が落ちて、軽く尻餅をついた。
「え、何?」
そのまま垂直に見上げると、彼が赤い顔をしていた。
「ごめん。ちょっと、ときめいた……」
その様子に、俺も赤面した。
「ふえ……」
「……ごめん。ほんとに。ちょっと、離席」
陽輝は何だか、おぼつか無い足取りで部屋から出ていった。
(何だよ、陽輝だってウブじゃないか……)
しばらくしたら、陽輝が戻ってきた。こちらはというと、いらないものを捨てて、配置をずらしただけだけれど、片付けはだいぶ進んでいた。
「おかえり、陽輝」
平静を装っていたが、内心まだドキドキしていた。
「ただいま」
陽輝もなんだか気まずそうだった。
「その、部屋キレイになったな!」
「うん、がんばったからね!」
会話が続かず、気まずい沈黙が流れた。仕方ないなと俺は陽輝に近づいて、名前を呼んだ。
「陽輝」
「ん、何?」
俺は彼の首に手を回して抱きついた。再会した時にハグした時は、スーツだったから分からなかったけれど、温かい体温がじんわり伝わってくる。香りも変わらない。落ち着く陽輝の匂いだ。
「好きだよ!」
一方陽輝はというと、急に俺が抱きついたからか驚いて固まっていた。
「俺、今日夢を見たんだ。俺達が出会ったときの。途中から、展開が違ったけど」
「う、うん」
「あの時、本当は陽輝、男なのに何で髪が長いんだって、怒ってたよね。だいぶ怖かった」
「そうだったっけ?」
「言われた方は覚えてるもんだよ」
彼を解放し、顔を覗き込むと、またさっきみたいに真っ赤になっていた。
「どうしたんだ急に……」
「んーん。何でもないよ。何となく。ねえ。チューしていい?」
「いいけど……本当に急だな」
口づけ、また身を寄せた。
「ずっと一緒にいようね」
『ずっと陽輝のことばっかり考えてたから』
ものの拍子に和也にそう言われた。きゅんと来て、思わず部屋から撤退してしまった。
(うおお、やばい。めっちゃかわいい……俺の事ずっと考えてくれてたんだ! 俺もそうって言えば良かった。俺肝心なところでかっこ悪い……)
ジャムに訝しげに見られながらリビングでうずくまる。しばらくして頭を冷やしてから、物置部屋に戻ると、だいぶ片付いていた。
その後、何かスイッチが入ったのか抱きつかれたり、キスしたりと甘い時間を過ごした。段々と邪な気持ちが湧いてきて、これ以上は俺が持たないと感じたが、「まだ離れたくない」と却下されてしまった。
「俺の部屋、来ていいから。もっとチューしようよ」
上目使いで、そうねだってくる様子に、頭の中がパニックになる。
(何だそれ! これは誘われているのか? どうなんだ!)
「うう……その、これ以上はキスだけだと俺がしんどいというか……」
「え、何?」
「何でもない」
ええい、星空陽輝。腹をくくれ。
「うん。行こうか」
頭の中では俺を鼓舞するように軍歌が流れていた。