和也と、彼のお母さんとの話は楽しく、まるで本当の家族と話しているような感覚だった。
「あら! あなたが陽輝くんだったの? やだあ早く言ってよね」
和也のいる方向を手でバシバシ叩くお母さん。
「和也がいつもお世話になってます。で、今日はどうしたの?」
「まさか、結婚前のあいさつ?!」と、顔を赤らめて興奮するお母さん。俺達は顔を見合わせ「ちょっとね」と和也が曖昧な返事を返した。
「近くまで来たから、上がっていってもらっただけだよ。ね?」
「まあ……そんな感じです。あの、お母様とお会いするとは思っていなかったので、手土産の一つもなくて……お酒まで頂いて」
「やだ、気を遣わないでいいのよ。ふふ、お母様だって! 和也、いい方じゃない」
ナチュラルにお母様と呼んでいた事に気が付いて、ハッとしたが、先方は気にしていないようなので良しとしよう。
「また日を改めて、彼のお父様にも挨拶したいと思うのですが。お時間いただければ幸いです……」
そう言い、缶に口を付けた。普段飲む酒とは少し違うが、甘くてジュースみたいで美味しいなと思った。
「ああ、主人に挨拶したいなら、奥の部屋よ」
「え?」
お母さんは立ち上がり、奥の部屋の電気を付けた。
「はい。パパ、噂の陽輝くんが来てくれたわよ」
どういう事かと、彼女の後に続くと、そこに広がる光景にやっと合点がいった。
その部屋には、小さな仏壇があり、手前には若い男性の写真が飾られている。故人の趣味なのか、仏花らしくない華やかな花束が飾られていた。
「すみません、俺知らなくて……」
お父さんが亡くなっているなんて、彼から一言も聞いていなかった。
「陽輝気にしないで? てか、俺もごめん! 何となく言うタイミングがなくて……パパは俺が五歳の時にいなくなったんだ」
「そう。内臓のガンでね……あの人も頑張ったんだけど、病には勝てなかった」
「そうだったんですか……」
「でも、昔の事よ。はい、湿っぽいのはおしまい! 陽輝君、手を合わせてあげて?」
仏壇に向かい合う。写真の男性の年齢は、今の俺達と同じくらいか、少し上に見えた。
(こんなに若くして奥さんと小さな子供を残して逝くなんて……やっぱり無念だっただろうな)
線香の香りと共に、和也を必ず幸せにすると遺影に誓い、挨拶を終えた。
陽輝は、パパの遺影にずいぶん長く手を合わせているように感じた。きっと彼のことだから、『和也を俺にください』『必ず幸せにします』とか、かっこいいことを伝えているんだろうな。
「ママ。パパって、優しくて陽輝みたいだった?」
俺の急な質問に、少し驚いたような顔をしてママは答えた。
「え? そうねえ……ちょっと違うな。どっちかというと、今の和也に似てるかも」
「ええ、俺? 何で?」
「何でって、そう感じたから……髪色とか、そう、笑ったときのふにゃあってした顔とか。そう考えると、あんた本当にあの人に似てきたね」
まじまじと見られて、何だか恥ずかしい気持ちになってきた。
「うへえ。変な感じ」
「でも、性格はちょっと違う。うへえとか言わないし。物静かで堂々としていて、怒ったところ見た事なかった。確かに優しいっていうのは合ってるね」
ママの話を聞いて、パパはやっぱり陽輝に似ているのかもしれないと思った。陽輝は高校生のときから、物静かで、今日まで怒ったところを見たことが無かったから。
「そうかあ」
陽輝が奥の部屋から戻ってきた。
「あの、俺そろそろお暇します。明日仕事があるので」
缶の中身を飲み干すと、彼は荷物をまとめだす。
「これ、美味しかったです。ごちそう様でした」
「あらあら、何のお構いもできないで……また来てね」
陽輝を外まで見送ろうとすると、「危ないからそのままでいい」と言われてしまった。
「また電話するね。陽輝」
「うん。また。和也」
名残惜しい気持ちを抱えながらも、ドアを閉めた。
「ねえ! ラブラブじゃない!」
興奮気味に言ってくるママに「だって俺の彼氏だからね」と返して、席に戻った。
「ねえ、口付けちゃったけど、残りいる? 何かお腹いっぱい……」
見送るのに立ち上がったせいだろうか、何だか急にくらくらしてきた。
「てか、何か気持ち悪いかも……酔っちゃったかな」
「大丈夫? 水飲む……あんた、身体熱っ! 熱あるんじゃないの?」
「えええ?」
そう言われてみると、くらくらするし、もう立ち上がれる気がしない。ダイニングテーブルにもたれると、頭がぐらぐらして…………ゆっくりと瞬きするくらいのつもりで目を閉じた。