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第6話 実さん

 先日起こったことを陽輝にどう話していいか迷っているうちに、彼と食事をする日になってしまった。

 陽輝が店を予約してくれたのだが、到着したレストランはまるでカップルが特別な記念日に来る店のようで、思いがけず感動してしまった。それをそのまま伝えると「だって、俺達恋人同士だし、それに五年ぶりに再会出来た記念じゃん」だって。やっぱり陽輝はかっこいい。

 出てくる料理はどれもおいしくて、そんな俺を見て陽輝も嬉しそうで、こんな時間がいつまでも続けばいいなと思った。でも、頭の端でこの前の話をどう伝えようかということを考えていると、どうにも楽しみ切れなかった。

「和也……大丈夫? もしかして口に合わなかった?」

「え、何で?」

「何か、疲れて見える。具合が悪いなら言ってくれよ?」

「いや、大丈夫。ねえ陽輝のお父さんて、どんな人?」

 急な話題転換に、彼は目を白黒させる。まずい。流石に不自然だったかな。

「どんなって……そうだな。一言でいえば仕事人間かな。自分でなんでも決めてしまうし、俺に社長を継いでほしいみたいだ。どうしたの急に」

「そう、だよね。ごめん! もう少しマイルドに伝えたかったんだけど、俺頭良くないから普通に話す。あのね……」

 そうして、ついに俺は、彼のお父さんに会ったこと、彼に会社を継いでほしいと説得をお願いされたこと、を伝えた。陽輝の顔は、話が進むに連れて険しいものになっていき、全て話す頃には、料理を運んできたウエイターが緊張の面持ちで接する程になっていた。

「父さん……和也の所にまで行って、一体何を考えているんだ」

「陽輝、感情的にならないでね。俺、周りの人にきちんと認めてもらって、それで家族ぐるみで一緒になりたいんだ。今は考えが合わないかもしれないけれど、きっと何とかなる。いや、俺達で何とかしよう? ね?」

 ふう、と小さく息を吐き、彼はグラスの白ワインを口にした。

「……わかった。和也は優しいな」

「ありがとう。もちろん、出資の件は断るつもりだから安心して」

 それでも陽輝の顔は、まだ曇ったままだった。何か、気持ちをガラッと変えられるような話題はないだろうか。そう考えていたら、妙案が浮かんだ。

「陽輝、海行かない?」




「わあ、陽輝も見てみなよ!」

 海の見えるなだらかな丘から、転落防止の柵に走りより下を見下ろすと、まだ海水浴の客は少ないが、風が潮の香りを運んできてひんやり心地よかった。ゆっくりと俺の後についてくる陽輝。

「海なんて何十年ぶりだろうな」

「なにそれ、陽輝おじいちゃんみたい」

「しょうがないだろ。小さい頃に水遊びしたのが最後なんだから。本当のことだよ」

「陽輝ってもしかして泳げないの?」

俺の直球な質問に、彼は困ったように眉を下げて笑っていた。

「ご想像にお任せ」

「なにそれー教えてよお」

それ以上聞いても、陽輝は曖昧に笑うばかりで答えてくれなかった。きっと泳げないんだ。かっこ悪いから俺には知られたくないんだ。

と、鋭い指笛の音がして、俺達二人は反射的に音のした方向を見た。

「よお。和也。元気してた?」

日に焼けた、褐色肌の男性。ノースリーブに涼しそうな半袖シャツ、ハーフ丈のパンツを着こなしている。どの季節もビーチサンダルで歩いている姿も記憶通り。確か俺より一回り年上のこの人の名前は。

「実さん!お久しぶりです」

 佐藤実さとうみのるさんは、今日勉強しに行く、創作ドイツ料理店『偽キッチン』の店主だ。湘南ビールとそれに合うソーセージを提供しているらしく、留学仲間のグループ連絡SNSで知り合った。

「今は人がまばらだけど、これからどんどん来るからな。稼ぎ時だよ」

 初対面の印象はイケオジって感じ。豪快ででも人情にあつく、男があこがれる男って感じで俺は好き。あ、でも陽輝はもっとかっこいいし好き。

「で、隣の彼が陽輝くん?」

「そうです!」

「よろしく。佐藤です」

握手を求められ、それに応じる陽輝。

「どうも。星空です」

陽輝は初対面の人と話すときガード固くなりがちだから、実は少し心配していたけれど、何だか仲良くなれそうで良かった。少し握手が長い気がするけれど、まあいいか。

「じゃあ、さっそく店に行こうか。すぐそこだから、ついてきて」




気に入らない。

湘南の海岸近くの小さな丘の上で、風に吹かれるかわいい陽輝が見られたのは僥倖なのだが、その後に現れた男が気に入らない。チャラついた外見はまだいい。軽い話し方もまあ許す。でも、和也との距離感が気に入らない。俺の心が狭いのかと考えるが、何か違う気がする。男のやっている店に行く道すがらも、和也は男とばかり話していて、俺はその後に付いていくだけになってしまった。

「はい、この店の定番料理の湘南ビールとでかいソーセージセット!」

店のコンセプトは、アメリカンダイナーと言ったところか。ドイツとアメリカって……バラバラじゃないか。一体何がやりたいんだ。和也も、男と話してばかりいるし、本当にイラつく。

「陽輝、見てよこれ。でっかいね」

「ん、ああ。すごいなすごい」

「ちょっと、聞いてるの?」

 少しむくれる和也もかわいい。

「聞いてるよ」

「なら、いいや。食べよう」

イラついて、フォークをソーセージにぶすっと刺す。ナイフで切って食べようとしたら、和也と男が同時に「あ」っと声を発した。

「だから、白いのは皮をむくんだって。陽輝やっぱり聞いてない……」

和也に笑われてしまった。最悪。俺の皿と自分のものを入れ替えて、ナイフとフォークで起用に皮をむいていく和也。まるで介護だ!

「はい。出来たよ」

「うん……サンキュ」

「陽輝くんは亭主関白って感じかな?」

「違います」

くそ……これではいけない。

「あの、お店のコンセプト、アメリカンダイナーですよね? でも、ドイツの料理を出しているのに、どうしてコンセプトをそれにしたんですか? 何というか、アンバランスに思えるのですが……」

ついつい言い方がきつくなってしまった。

「ちょっと、失礼だよ?」

「単純な興味だよ。どうなんですか?」

「ああ、お客さんにもよく聞かれるんだけど……確かにアメリカとドイツって場所も離れているし、国民性も全く真逆だ。アンバランスに思えるよね。でも、ドイツにルーツを持つドイツ系アメリカ人は多いんだ。店もぱっと見ではアメリカンな要素が強いけど、ちょこちょこ置いてある小物とかはだいたい俺の留学先での私物。まあ、小難しい事を除いたら、俺の趣味、かな。アメリカンでチョイ派手な外観で日本人を客寄せして、俺の料理で胃袋を掴むって感じ。納得してもらえたかな?」

「……はあ」

「なるほど。さすが実さん! はあ、俺もいろいろ考えなきゃなあ」

「まあ、俺のやり方だけが正解じゃあないから、色々見て回りなよ」

 全く良いところがない俺。完膚なきまでに叩きのめされたって感じだ。いっそこの場から消えて無くなりたいが、ここで離席したら負けを認めたみたいでそれはそれで嫌だ。

「ぐう……」

「陽輝何か言った?」

「……何でもない」

 いやみな程に料理が美味かった。それがまた腹立たしかった。

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