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第4話

 ハンスが町へ帰ってすぐ訪れた最初の客は、祖母の形見の指輪をどこに置き忘れたかわからない失せ物探しだった。

 二人目は、二人の男性の間で揺れ動いている女性で、三人目は障害事件を起こして家を飛び出した息子が金を無心してきたことに対して揺れる母親。


 他人から見ればどれもありきたりではあるが、個々にとってはこの遠地を訪れるほど深刻な悩みだ。他人の見解と当事者の心情が必ずしも一致するとは限らない。

 私は今までできる限りの誠意でもって対応し、最善を尽くして彼等の悩みにとり組んできたが、しかしこの日ばかりはそれを行えたかどうか疑問だった。


 わたしが母から受けついだ占い方法は質素かつ単純な方法で、向かいあわせに座り、間に立てた蝋燭の炎を覗きこむというものだ。そして相談内容のこと、それについての自分の考え、周囲の反応、様子などをつれづれと話してもらう。一つ事に集中しないよう、均等に。


 わたしは一切の質問をせず、聞き入っているふりをしながらその実ほとんどを耳に入れてまいない。ただ空洞化させた頭の中を素通りさせるだけだ。そうしていると、ぼんやりと内炎の奥にそのときの情景が浮かび、わたしの中へ流れこんでくる。


 急激な目まいと耳鳴り、そして浮遊感。わたしはわたしの中で、わたしと彼女に分裂する。もしくは、彼女たちに。ただしこれはこの感覚をあくまで言葉におきかえようとした場合、妥当ではないかと思える表現であって、全くその通りであるわけではない。


 わたしは彼女の記憶の中でその記憶そのものとなり、彼女となり、またわたし自身でもある。情景の中、場が進行するその都度、そのとき居合わせた誰がどう思っていたかというさまざまな感情といった情報が同時にわたしのものとなってゆく。事の一部始終を見守っていた 『わたし』 がとりまとめ、これからどうすればいいのか知りたいのであれば解決の糸口をつかみ、未来を知りたいのであれば、そのまま場の進行を見守って、現れる光景を未来として告げる。もちろんそれは確定した未来ではない。あくまで現在の状況――もちろんそれも客がへたに何かをかばおうとしたりせず、正直に話してくれているかどうかにかかってるが――より導き出された、もっとも実現する可能性の強い、未来予想図だ。


 ある占い師はその光景をつぶさに語る。またある占い師はもったいぶった言い回しで、仰々しく、抽象的な言葉でもって口にする。言葉の端々に必ずしもそうなるというわけではないとの、保身の文句をおりまぜながら。

 さらに占い師はどうすればそれを避けられるか、あるいはそうなるようするには何を心掛ければよいか、助言するのだが、今日ばかりはうまくいかなかった。映像はどれも乱れるか霧がかかったようにかすみ、雑音のような波が羽虫のように『わたし』にまとわりついて、ひどく気をかき乱される。いつもならそれなりにある疑似体験のような質感もなく、ただでさえ不安定な占いが、ますます不確かなものになってしまった。


 考えるまでもなく、不調の理由は朝の出来事だ。表面はつくろえていても胸の奥底では平静になりきれておらず、心の乱れがそのまま占いに影響しているのだろう。

 わたしのせいだ。三人の依頼者には適当な理屈をつけ、それでも見えたものの中では一番のものを告げて帰ってもらう。とりとめなく揺れていた占いをむりやり結論へ収束させたせいで起きた頭痛に堪えかね、三人目を戸口で見送った直後、今日は終わりだとの札を階段の下に下げて、奥の私室へ引きこもってしまった。


 やがて到着した四人目の客が階段の下でまごついている気配がしても、起き出して行く気になれない。ここまできてくれた客には悪いが、今の状態で無理をして占ったところで客のためにもならないだろう。明日、こりずにきてもらえたらあらためて謝罪して――多少の厭味は我慢し、無料で占わせてもらおうと思うが、はたしてきてくれるかどうか……。


 ああ、なんて弱いんだろう。

 青年が帰ってから、もうだいぶ経った。落ちついたと思っていたのに、こんなにも占いに出るなんて。

 心が乱れれば平静を失い集中力が乱れる。当然のこととはいえ、なんと無様なことか。こんな調子では、いざ彼本人を前にしたとき失敗するのは目に見えている。

 枕に顔を押しつけていると、自己嫌悪に、ぽっかりとあいた暗闇へ頭からおちこんでゆくような気がした。こみあげた嘔吐感に口元をおおったりもしたが、懸念したようなものは出ずに、かわりのように冷たい汗が噴き出し背を伝いおりた。


「わたしは――おそれているの?」


 声に出して呟いてみる。


「母が堪えきれず死んだ未来。それを見ることを、おそれているの?」


 母のように。

 母はけして心の弱い人ではなかった。むしろ、女手一つでわたしを育てた、強い女性だった。占い師として見ても非の打ちどころのない、尊敬する人。そのひとが、死を選ぶほどの未来……。

 おそろしくないはずがない。

 もしかすると、わたしも、と。


 その意味で、あの夢は正しかった。たしかに彼は、わたしにとって不吉な未来を運んできたのだから。

 精霊の忠告に添いきれなかった報いとして、わたしもまた母のように恐怖と絶望に心を押しつぶされ、死を選ぶことになるかもしれない。

 けれど、知りたかったのだ。

 母の心を。


 わたしに残してくれた、あの最後の言葉の意味を……。

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