明後日のイブの日、わたしは彼の父親を占うことを約束した。
今日も明日も既に予約が入っており、わたしの体があかないということと、そして彼の父親の体調が崩れているためだ。それに、同じイブの日の方が父親のためにもわたしのためにも心情的にいいのではないかという、彼からの気遣いだった。
彼を送り出した戸口で、なんなら町の宿までわたしの方が出向こうかと提案してもみたが、青年は首を振り、父親を連れてくると言った。
「ここは『ささやきの森』と呼ばれているそうですが、名に違わないすばらしい森です。鳥の鳴き声や小動物のたてる音が絶えずどこからか聞こえてきて、空気も清しくわたしのような者でも心が洗われるような気持ちになってくる。
こういった自然に触れた方が、父の体にも良いでしょう」
「それでは、時間は気にせず、いつでもおいでください。その日は一日あいていますから、万全の支度を整えてあなた方の訪れをお待ちしております」
では、と別れの挨拶のつもりか帽子を少し浮かせて会釈をして、青年はテラスから階段へと向かう。と、一段目を降りたところで何を思い出してか、背筋が伸びて突然こちらを振り返ってきた。
わたしを見て、何か言いたげに、その口が開いている。
「クライザーさん?」
言い忘れでもあったのかと見つめるわたしに、青年は逸った口を諌めるように閉じて目をよそへそらし、数瞬のためらいの間をあけたあと、何かを思い切り、再びわたしへと向き直った。
「フォルストさん。
わたしは、どうやらあなたにとって、とてもつらい出来事をお知らせする者となってしまったようです。あなたもご存知とばかり思いこんでいましたから、あのように配慮に欠けた行動をとってしまい、大変すまなく思っています。
けれどももし――もし、母上のなさったことでわたしの家族に負い目を感じてらっしゃるのでしたら、おやめなさい。先に告げた通り、何もかもがあなたのお母さまのせいではないのです。ましてや、あなたのせいでは決してない。わたしや兄たち、母がもう少ししっかりしていれば、何を失おうと、わたしたちはまた別の幸せを見つけることもできたのですから。
わたしたちは家族としての役割を怠っていました。父はきっと死ぬまで独裁者で、それを変えることは誰にも不可能なのだと諦め、心を通わせる努力すらしなかった。わたしたちに互いを思いやる気持ちがあり、普段から絆を強めあっていれば、わたしたちが父の心の支えとなり、たとえどんな困難な出来事であろうとのりきろうと立ち向かうことができたはずです。
わたしたちには家族としての自覚すら欠けていました。あの予言がなかろうとも、遅かれ早かれわたしたちは今の状況にたどりついていたでしょう。あなたの母上はそれに気付かせてくれたにすぎません。ただの一度も恨まなかったと言えば、それはもちろん嘘になりますが、わたしたちにはあなたやあなたの母上を責める権利などないのです」
「でも、あなたはこの地までいらっしゃいましたわ」
青年の、ふくむところのないまっすぐな告白を、わたしは背筋を伸ばせと見えない手で押されたような気持ちで受けとめた。
それと同時に悟る。救いが必要なのは父親だけでなく、同じくらい、この青年や家族にも必要なのだと。
「後ろめたさからのおためごかしですよ。父が死んだあともわたしは生き続ける。やがて何かの拍子に己の過去を振り返り、父を思い出したとき、そうして償おうとしたことで自分の罪が許されたつもりになるための保険のようなもので、しょせんは自己満足です」
青年は自嘲気味に笑い、目をあわせるのを避けるように帽子のつばを下に引きおろして故意に目許へ影をつくる。そんな彼にもわかるよう、わたしははっきりと首を横に振った。
「自分の為した行為をふり返り、それを恥じる者は、ふり返らない者よりも、そしてそれを恥じない者よりも、はるかに立派ですわ。
ましてあなたは恥を恥と認める強さと、それを償おうとする正義感・行動力がおありになる。なぜならあなたは逃げることもできたのですから。わたしの母のせいで家が没落し、おとうさまのせいで精神にとても深い傷と負担を負った――そのどれもがあなたに非はありません。
子供は親を選んで生まれてくるわけではない、自分たちの思いを理解してくれない独裁者には当然のむくいであるとおとうさまの長年の苦しみや死に方から目をそむけ、ただ時が過ぎ去るのを待つこともできたでしょう。
運命に対抗するだけの力を持たないただの人である自分には、見守ることしかできなかったということを理由に。そうしてもきっと、誰もあなたを責めたりはしない。あなたはとても賢い方ですから、それと知っています。
けれどあなたはこの地を訪れることを選ばれました。そして今、運命に立ち向かおうとなさってらっしゃる。はたして幾人の者があなたのような境遇におかれてあなたと同じ行動がとれるでしょうか? その勇気は称賛に値します。
きっと、あなたはどんな苦難が前に待ちかまえていると知っていても、恐れず進んでゆく方なのでしょうね。とても羨ましく思います」