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第2話

「では父のこの思いつきは、そういった者たちに対してとても有効的な手段である事をご理解いただけると思います。


 ちょうどクライザーはゲノン紡績を苦労の末吸収合併したばかりでした。

 名門クライザー家の一人息子として生まれ、家督を継ぐべく徹底して育てられたせいか、当時の父には性格上……なんと言いますか、少々専制君主的なところがありまして。絶対に自分にさからう者が存在するということを認められなかったんです。それどころか彼を心から案じての忠告や意見にすら耳を貸さないひとで、ゲノンをとるのはクライザーにとってリスクがありすぎ不利益であると、周囲の関係者は思っていても口に出せなかったようです。


 結果、三年がかりでどうにか合併をはたしたものの、クライザーは無理をしたせいで少し息切れ状態でした。だから有力者たちとの癒着を強めるためにぜひとも彼等の前でクライザーの今後の繁栄を約束してほしかったわけです。ですが、マリア=フォルストの出した占いの結果は、父の予想を裏切ってあまりある、惨々たるものだったのです」


 いよいよだと、知らず、身をのり出す。


 一言一句聞き漏らすまいと耳をそばだてたわたしに、青年は脇にどけていたカップのハッカ茶で喉を湿らせ――おそらく口にしたのははじめてだったのだろう、その味に驚いたようにほんの少し眉をひそめてカップの中身をまじまじと覗いた後――敬遠するように少し遠目に脇へ寄せ、言葉を継いだ。


「彼女が来るというのは既に宣伝済みでした。彼女を目当てとしていた来客も少なくなかったと思います。彼女が来ると知った途端、出席させてもらえないかという書が何通も届きましたから。

 中には、どうしても外せない用事があると欠席の返事を返してきていた者までが、どうにか片をつけることができましたので、とのうさんくさい弁明の文句と愛想笑いをひっさげて当日現れたほどです。


 あなたのお母さんは、パーティーの中盤で登場しました。あらかじめ彼女から受けていた指示通り、小さめの丸テーブルに黒のクロス、彼女持参の濃緑の蝋燭を立てた銀の受け皿をまず召使いたちが運びこみ、その後現れた彼女は挨拶もそこそこに客たちでできた輪の中央で父と向かいあって腰かけ、占いをはじめました。


 二つ三つ、彼女は呟きで質問しました。それは父の生誕日とかそういった、ただの占い師もよく求める程度のたわいないものです。

 その間、彼女の体はゆらゆらと、眼前の蝋燭の炎のように小さく前後に揺れていました。


 やがて蝋燭の炎を覗きこんでいた彼女の目が大きく見開かれ、指が引き攣ったと思うや、ぶるぶると小刻みに震えだしました。

 わたしは父の後ろに他の兄弟たちとともに控えていたのですが、彼女の膚は完全に血の気を失っていました。


 彼女の目に、一体何が見えていたのかはわかりません。わたしたちにはただの丸く膨らんだ蝋燭の炎にしか見えなかったのですから。


 占いの最中、たとえどんな小さな音であろうともたててはいけないし彼女に触れることも話しかけることもいけないと、前もって聞かされていなければ、おそらく彼女の肩を揺さぶって問い正していたでしょう。

 占いを壊すことを恐れ、また無知によって彼女自身を傷つけることを懸念し、誰もが固唾を飲んで見守る中、彼女の震えはおさまらず、ついには全身に広がり、やがて遠目でもはっきりそれとわかるほど大きくなっていきました。


 その間も彼女はまばたきもせず炎を凝視し、歪んだ口元から覗いた白い歯は強く噛みしめられており、何かに堪えているようでしたが、もうこれ以上堪えられないと言うように彼女はふっと目を閉じた直後、横に倒れこんでゆきました。


 すぐさま後ろについていた客の一人が抱き起こし、今だ呆然としている彼女の名をくり返し呼ぶことで彼女はどうにか正気をとり戻したのですが、まだ衝撃から完全に冷めてはいないようでした。

 彼女は長い時間口をつぐんでいました。彼女以外の者が全員落ち着きを取り戻して、何を見たのであれ、その衝撃から立ち直るには十分な時間がたっても、一言ももらそうとしません。


 はたして何を見たのか……それは彼女以外知りえぬことで、われわれは想像することしかできませんしたが、それでも間違いなくあの場にいた全員が同じ答えに達したでしょう。


 これまであまたの未来を見てきた占者が、到底直視に堪えかね放心してしまうほどのおそろしい未来が、クライザーを待ちかまえているのだと。


 場がざわめくのは当然です。ほとんどの者がクライザーをあてにしていましたし、これからもそうするつもりだったのでしょうから。

 父は怒りに顔を赤黒くして、今だ立ち直りきれないでいる彼女に見た内容を語ることを声高に要求しました。はっきりさせ、打ち消すか、もしくはその出来事の回避策を教わることで騒ぎを静めたかったのでしょう。


 彼女の占いは予言であり、必ず起きるというのがもっぱらの噂でしたから、そうしなくてはクライザーは本当に終わりだと。

 実際、クライザーの命運を握る者たちも幾人か、客の中にいたのです。言うまでこの館から返さないとまで脅された彼女が、やがて言葉少なに語った言葉は、しかし父にとって決定的なものでした。

 彼女は父に、こう言ったのです。


『断定はできないがそう遠くない未来――イブより数えて十日以内に、おまえの身に世にも恐ろしい災いがふりかかるだろう』


 と」

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