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第1話

「本日の占いの準備がありますので、そう時間はとれません。手短かにお願いします」


 断りを入れながら後ろ手に戸を閉めた。電気も通っていないこの小屋では蝋燭は貴重品だ。昼の間はできるだけ陽光ですごせるようにと東西の壁にある大きめの窓から差しこんだ陽に照らされた楕円テーブルの一方を彼に勧め、座らせる。


「心得ています。わたしとしても、あまり長居はできませんから」


 視線を一巡させ、部屋の中をざっと検分しながら腰をかけると、彼はテーブルの上に帽子を乗せて軽く指を組みあわせた。その横に、客用のカップを出す。


「ハッカ茶です。あいにくこれしかお出しできるものはありませんが、高ぶった神経を休めるにはとても効果的な飲み物ですわ」

「ええ、知っています。昔、わたしの母もよくこれを飲んでいました」


 どこか懐かしげに言って、青年は立ちのぼる湯気に目を細めたが、手をつけようとはしなかった。


「これだけに限らず、精神安定剤に睡眠薬、ハーブだの……とにかく心をおちつけて安眠するにはいいと勧められたものは全部、たとえいかにもいかがわしい風体をした物売りから買い受けた、聞いたこともないような名前のついた異国の草の葉や根を煎じた液体でも、毎晩毎晩胃に流しこんでいました。そう、あれは飲んでいたというよりも、無理矢理つめこんでいたというふうでしたね……」


 カップを横にずらすと肘を立て、ふうと息を吐き出す。


「薬に頼らねば自分を支えられないほど、寄る辺ない日々をあなたのおかあさまに送らせていたものが、わたしの母の呪いであるということですね?」


 正面に腰掛けたわたしの言葉に、それまで脇にそらされていた目がこちらを向く。


「そのことですが、これからお話しする前にまず謝罪をしなくてはなりません。

 わたしは先ほど、クライザー家に起きた出来事すべてがあなたの母上がかけた呪いのせいであると言ってしまいました。あれは訂正します。どうしてもあなたにわたしの話を聞いていただきたくて、そのあせりから、ついあのようなことを口走ってしまいました」

「では母のせいではないと?」


 口をさし挟まず最後まで聞いていようと思っていたことも忘れてあわてて口元からカップを遠ざけたわたしに、青年は頷いた。


「ええ、半分は」


 半分?


「あなたの母、マリア=フォルストが訪れた日の事を、わたしははっきりと覚えています。

 当時わたしたちは首都に館を持ち、ここから車で数時間の街にも別荘をかまえていました。クライザー財閥は遡れば伯爵・侯爵家とも縁戚関係にある古くからの名門で、その膨大な資本を用いて複数の政治家の後ろ盾となることで政治の場でもそれなりの発言力を持った、この国でも有数の多角経営企業だったのです。それこそ人の出入りはひきりなしで、誰かの誕生日やイブなどといった祝日ともなれば到底館ではさばききれないので、各地にかまえた別荘の大広間で盛大なパーティーを催していたのです。

 十年前のイブも、そうでした」


 自ら口にすることでそのときの事を思い出しているのか、すっと表情を暗くする。

 そうしたところでおもしろくもない、いやな記憶をわざわざ細部まで思い起こしているのだからそれも当然だろう。

 理解し、促すのはやめて、黙したまま彼が自発的に話すのを待つ。彼は、わたしが思っていたほどには間をあけず、思い切るように一度深く息を吐き出して、気持ちを切り替えるように背を正した。


「パーティーの数日前、ここにある別荘でイブを祝う事を知った友人からこの森に有名な占い師が居を構えていることを聞いた父が、突如パーティーの趣向の一つとして彼女を招こうと言い出したのです。クライザー家の行く末を――というよりも、ますますの栄華・繁栄を、名高い占い師に皆の前で告げてもらい、それによる影響を利用しようと思ったのでしょう。


 権力を握った者は、それが強まるにつれ、破滅を恐れるあまりに占いや宗教などに走る傾向があります。専属の占い師を抱え、どこへ行くにも連れて行き、意見をあおぐ者も多いことはご存知ですか?」


 もちろんだ。その質問にわたしは頷きで答える。

 生前、母は数えきれないほどのそういった者たちから勧誘を受けていた。執拗な者は、毎日毎日たとえ嵐の日だろうとも欠かさずこの小屋を訪れた。それも二年もの間。さすがにあれにはまいって、ハンスにもう二度とそういった手紙だけは届けないでほしいと頼み――母に私事でくる手紙はなく、ハンスが開封して目を通す事をいとわなかったので――代理人には会うことすらしなかった。


 母の死後は、同じ占い師をしているということでわたしも同等の能力者と読んでか、わたし宛で月に数通ほどくるようになっている。そういったものには一様の文面で断りの手紙を最初に出し、あとは無視しているが、よくも懲りないものだ。


 右手の方にある奥の部屋との境にかけたカーテンの脇の棚にちらと目を向ける。視線を追った青年が、そこに開封もしないで束ねてある手紙を見て、納得するように頷いた。

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