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第2話

 突然のわたしからの棘立った言葉に、青年ははじかれるようにまたも顎を引いた。


 それまで浮かべていたにこやかな人あたりのいい笑みがすうっと消え、口元は引きしまって素の顔になる。

 やはり先までのは愛想だったわけだ。人のいい、穏やかそうな口ぶりながらもちらちらと見え隠れしていたあの眼光にふさわしい面で、今の方がずっと様になっているではないか。


「母の古い友人であるとか、その名代であるとか。町に入ることなくまっすぐここを訪ねられたというのならまだしも、町からであれば、わたしが占う時間帯は事前に調べがついたはずですわ。町に貼ってある勧誘紙を見るなり、役所に問いあわせるなりして。そしてもちろん、母が既に他界しており、娘のわたしが二代目のマリア=フォルストであるということも。そのどれもをせず、いきなりわたしのもとへやってきて、口にした言葉が『母がいないのなら同等の力を持つに違いないあなたに占ってもらうことにする』ですって?


 あなたはとても大切なことをお忘れですわ、クライザーさん。たしかに客がどの占い師のもとへ行くかは客次第ですが、占うわたしの方にも見る客を選ぶという権利はありますのよ」


 相手の失態を厳しく追及しながら最後の最後に嘘をくっつけて、それをもっともらしく告げる。

 客を選べるのは、世間に認められ、名の通った者だけだ。こんな人里離れた森で客が訪ねてくるのをただ待っているだけのわたしができるはずもない。


 たかが事情にうといとかいう程度のことでいちいち険を立てて追い返したりしていては、これはよほどの気難し屋だと敬遠され、客を減らす原因になるのがせいぜいだ。多少ゆとりができだしたといっても、それでも月に訪れる客の数によって大幅に変動の起きる、渇々の生活である。通常であればまずしない。しかもこんな、見るからに高収入の望める客は。

 だがこの青年に限っては例外とさせてもらおう。たとえどれほどの金額を呈示されようとも、それを受けることはできない。


 非はそちらにあるとあきらかにさせておいてから、拒絶するのが妥当だろう。

 どうぞおひきとりくださいとあとに続けて背を向ける。そのまま小屋の中へ戻ろうとしたとき、背後で青年が大きく息をついた。


「では、占ってはいただけないのですか?」


 わたしからの非難などなんてことないといった調子で、わずかも動じず尋ねてくる。むしろ肩からよけいな力が抜けたようなあかるさだ。けして彼のせいではないのに、失態を犯したせいで目的を遂げられなかったと悔やんでおちこむのではないかと内心後ろめたい思いでいただけに、信じ難い気持ちで肩越しに顧みる。

 あとになって心の底から後悔した、これが最初の失敗だった。予定通り無視を決めこみ、さっさと小屋に入っていれば彼によけいな機会を与えずに済んだというのに。

 一体どんな顔をしているのか確かめずにいられず、手擦りへ戻ってみる。青年は、先と変わらない位置にいて、そこからわたしを見上げていた。


「ええ」


 この態度を訝しく思いながらも、ともかく答える。


「どうしても?」

「……ええ、そうです」


 わたしは、再び自分が苛立ちはじめているのがわかった。

 わたしにだって良心はある。悪いとは思っているのだ。だからこんなことは早く終わらせてしまいたいのに、どうしてこんなにもこの男はしつこいのか。


「おやおや、すっかりご機嫌を損ねておられる。これはまいりました」


 青年は、心中の表現が本当にその言葉で適切だと思っているのか、訊いて確かめたくなるほどあっけらかんと、そう口にした。


「では……」


 話がいやな方向へ転がりはじめたのではないかとの危惧に、急いで背を向ける。


「まぁ待ってください。なぜこんな事をしてしまったのか事情も聞かずに、そう邪険にしないでくれませんか? 何もかもわたしの心配りが足りなかったせいで、わたしが浅慮であったからなのだとわたしは思いたくないし、思われたくもありませんから。わたしはこの言葉を告げるために二時間と少しの間雨でぬかるんだ森の道を歩き通してきたのです。どっかり道の真ん中に居座った、大きな水溜りに邪魔をされながらもね。

 ほら見てください、靴やズボンの裾が赤土だらけになってしまって。みっともないったらありゃしない。

 ですからどうか、そう急いで結論を出してしまわずに、もう少しわたしのためにお時間を割いてはもらえないでしょうか」

「事情ですか?」


 いかにも礼儀として口にしているということを隠さず、わたしは問い返す。

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