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予言の鳥
46(shiro)
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年07月09日
公開日
40,214文字
連載中
その森は、予言の鳥が住まう森――。


死んだ母親のあとを継いで占い師となったケーテは、精霊(予言の鳥)が住むという言い伝えのある森で細々と暮らしていた。
町から離れたこの静かな森で穏やかに暮らしたいと願うケーテの目下の悩みは、同じ夢を見ることだ。
夢に出てくる青年は、まるで精霊からの予言であるかのように彼女に警告を発していた。

そしてとうとうその青年がケーテの前に現れた。
青年は、かつて彼女の母親に家族を呪われたと言い、ケーテに呪いからの解放を迫る。

母はなぜそんなことをしたのか?
はたして母が残した最後の言葉の意味とは……。

第1話

   ケーテ、よくお聞き。

   おまえはここにいちゃいけない。

   この森は精霊の住まう森。

   わたしたちはしょせんわたしたちでしかないんだから。




 夢を見る。


 数百――もしかすると数千――の鈴を一斉に打ち鳴らしたかのような鳥の鳴き声。

 しかしその姿は影すら見せない。

 夜明けを感じさせる青灰色の空間。

 光りさざめく夏の湖面を思わせる紺青こんじょうの輝きたち。

 遮るものは何一つないというのに、隔絶された、窓のない小部屋めいた息詰まるその空間で、しゃれたスーツを着こなした一人の男が立っている。

 男はゆっくりと中折れ帽を脱いで光の下に面をさらすが、輝きに目がくらみ、阻まれて細部が見えない。わずかに横へ引かれた口元により、笑んでいるのではないかと推測するだけだ。


 親しみはない。


 男は、やがて唇を開き、何かを口にしはじめるのだが、その声は鳥の声にいともたやすくかき消され、わたしのもとまで届かない。

 男は何度もその言葉を繰り返す。ときには笑顔で、ときにはとても大切なことを口にするようにゆっくりと。

 わたしは距離を縮めようとせず、耳をそばだてることもなく。ましてや聞こえないと言い返すこともせずにただそれを見ているだけだ。

 そして徐々にわたしの意識は夢の水底から現実へ向かって浮上する――。




 けれど、今日に限ってはなぜかそこまで夢は展開せず、男が登場した早々に目を開けることとなった。


 めずらしいことだ、初めてではないかとぼんやり考えながら身を起こす。寝台から起き上がり、カーテンと窓を開けて新鮮な朝の外気を部屋へ入れると、戸口の甕から汲み置きの水を桶に出して顔を洗った。

 12月。外気も水も凍るように冷たくて、一瞬で目が覚めて気持ちが引き締まる。

 確かにめずらしいことではあったが、特にどうということもない。あの夢はこれまでに何度も見ていて、全て把握していた。

 あの後、男はおじぎをするような畏まった動作で中折れ帽を胸元まで上げて、わたしに向かい、ある言葉を口にするのだ。


 その言葉が何かもわたしは知っている。


  声が届かなくとも明白だ。男の唇はその短いセンテンスをくり返しているし、この夢の意図するものすら、既にわたしは解している。

 明瞭にすぎる言葉。


     『気をつけなさい』




 貯蔵室の中へ入り、棚から取った陶器の瓶の中をのぞき込んで、つい舌打ちを漏らした。そうだ、小麦はきれていたんだった。

 ここ三日ほど季節はずれの大雨が降った。昨日も朝から一日暴風雨が吹き荒れて、そのためいつも町から食糧を持ってきてくれるハンスが来れなかったのだ。

 小麦粉を使い切ったのが四日前。あの時はまさか雨がこんなに続くとは思っていなかったから、気にしていなかった。

 ため息をつき、瓶を棚へ戻す。

 まあいい。朝食を抜いたり夕食を抜いたりするのはべつにこれが初めてというわけでもない。

 昨日までと打って変わって、今日は晴天だ。ハンスは己の義務というものに頑ななまでに忠実な老人だから、きっと昼までには届けにきてくれるだろう。 

 むしろここまでの道中を思えば明日以降でも全然構わないのだが、しかしハンスのことだ、きっとそんなこと、考えもしないに違いない。

 コリーナが止めてくれたらいいのに。でもおそらくそうはならず、荷造りを手伝って「気をつけて」とロバと夫を送り出しそうだ。


 きっとそう。目に見えるようだと思いながら他の棚も見たが、やはりたいした物はなかった。夏の終わりに収穫した野菜や実を漬けた瓶数個ぐらいか。

 それを迷って手に取ったが、やはり思い直して瓶を元の位置へ戻すと思い切るように貯蔵室を出た。

 部屋に戻ったところで机上に出しっぱなしだったティーポットが目に入り、ハッカ茶がまだ残っていたことを思いだす。

 なにやらよけいな刺激を与えることになりそうな気もしたが、ともかくそれを温め直した。

 カップから湯気が立ちのぼり、甘く煮詰まった葉の匂いが鼻孔をつく。森のあちこちから聞こえてくるさまざまな鳥の鳴き声にひかれて窓の方に目を向けたなら、差しこむ朝日を反射した窓枠が目をくらませた。


 雨が降らずとも分厚い灰色の雲に覆われた日が続く冬らしくもない、快晴だ。

 これならきっと、客もやってくるに違いない。

 安堵して椅子の背凭れに背を預けたところで、頭中を嫌な 『もしも』 がよぎった。


 町からこの小屋までだいぶある。道は舗装されておらず、昔開墾された時のまま、手入れらしい手入れもされていない道中は石や穴ででこぼこしている上、切り倒すのに厄介そうな大木を避けたためか気難し屋のようにうねうねと曲がりくねっている。道幅も不安定で、細いところでは人がすれ違うのがやっとという道程だ。当然車など入れない。訪問は徒歩となる。

 この森に居を構えているのはわたししかおらず、道もわたしの家までしか続いていない一本道なため、町は予算を割いてくれない。一度役所へ相談に行ったが、むしろわたしにしてほしがっているようだった。わたしにもそんな金銭的余裕はないため、結局手つかずのまま現在に至っている。


 何十年と往復してきた人の足によって普段は固く踏み固められた道だが、結局は山道。雨を受ければ泥土と化して、あちこちぬかるみだらけになる。

 昨日は一昨日よりもすごい嵐だった。風雨に負け、折れた大木の枝が道をふさいでいるということも十分考えられる。

 占い師であるわたしの元を訪れる客は、ほとんどが若い女性だ。生まれたときからこの森に親しみ、老いて尚矍鑠としたハンスはまだしも、歳若い女性にそういった道を越えてこれるだろうか?

 考え事を優先して、一時飲むのを中断した口からカップを離して机上に置く。


 枝ならまだしも、木そのものが道をふさいでいたら大変だ。どけるために町の青年を呼び集めてもらわなくてはならない。思えば一昨年前にそんなことがあった。やはり嵐がきて、三日ほど客足が途絶えた。あのときは何があったのかわからず、ただ客が訪れないのを不思議に思っていただけで、それだけに、あとでハンスから大木が道をふさいでいるため通れないとの苦情が町の役所に入り、青年団の若者たちが総出でとりのぞいてくれたのだと聞かされたときは赤面したものだ。


 もし今度もそうなら、今度こそわたしが手をうたなくてはならないだろう。十九にもなってそんな様をさらしてはもはや恥にしかならないし、せっかく遠い町から訪ねてきてくれている客にも面目が立たない。

 町の掲示板に貼らせてもらっている勧誘紙に入れた時刻まではまだ幾分間がある。はじめの客がくるまでに、一度回ってきておいた方が無難そうだ。場合によっては一日二日、町へわたしの方が出向くことも考えなくてはいけないだろうし。

 そうと決めればあとは実行するだけだ。まだカップに三分の一ほど残っていた液体を一息に干すと、わたしは戸口へ向かって歩を進めた。


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