初夏の花々が咲き誇り、樹々の葉色が青々と深さを増し、めっきり夏めいてきた頃。
「さて、概要は文書にて読んだが詳しいことが知りたい」
当然のような顔をして、
いいのか、と凍星が問うような眼差しを送れば、
「
深雪も頷く。
「王都
凍星が肯いた。
「真実でございます。とはいえ、私などはその類いの異能を持ち合わせておりませんので、寒気がする程度で済みましたが、少しでも敏感なものはやはり気分が悪くなった模様」
「紫雲英は大丈夫だったのか?」
「私は女東宮が下さった守り札がありましたので、おそらくは殆ど何も寄り付けなかったのだと思われます。ただ、お耳に入れるも躊躇われるほど血生臭い話はよく耳に致しました」
榠樝は少し居住まいを正した。
「王位簒奪、反対派の粛清、その辺りのことか」
「御意」
凍星が軽く眉間に皺を寄せた。
「どうも五雲国の常識は、虹霓国のそれとはだいぶ掛け離れたものの様で。争いに負けた方は粛清されるというのが通常のことのようです」
「……殺されるのか」
「御意。耳にするもおぞましい残虐な刑罰などがある模様。ですが現五雲国王はそれらを良しとせず、斬首のみに限ったとか」
ますます顔を顰める榠樝に、紫雲英が付け足す。
「苦しませずに死を与えた慈悲深い王である、というのが五雲国での見方のようです」
深雪も眉間の皺を深くする。
「そのような国ならば神威も去って当然ということか」
「ですが康安が豊かな都であったのは紛れもない事実。そこは直視せねばなりません」
虹霓国の王都である
「軍備はどうだった」
「流石に概要を聞くことしかできませんでしたが、中央軍と地方、辺境軍に大きく分かれているようです。ざっくりと纏めますと、中央軍は禁軍といい南衙と北衙に分かれ、こちらの征討軍と近衛府に対応する形。地方、辺境軍はやはり虹霓国の国軍と同じような位置に当たると存じます」
榠樝は口元に手を当てた。
「だが、規模はこちらのざっと三倍だそうだな」
「御意。地方軍は徴兵された農民が多いようですが、訓練などは行き届いていると聞きました。無論、誇張表現である可能性もありますが」
榠樝は何度か頷き、深雪に視線を遣った。
「やはり事を構えては駄目だな。どうあっても平和路線で押し通さねば」
深雪が重々しく同意する。
「御意。ついては神祇官、陰陽師、巫覡などを派遣して欲しい旨が正式文書として届きました」
「淡香久利は今回派遣された唯一の神祇官だったな。もう五雲国には行きたくないらしいが、他に駐在してもいいと言う者は出ないだろうか。できるだけ無理強いはしたくないが……」
「神祇官、陰陽寮に
「頼む」
ちらりと榠樝が紫雲英に視線を遣る。凍星が気付いて咳払いをした。
「では、我らはこの辺りでお
「承知した。では女東宮、御前失礼致します」
そして二人きり、にはしてくれないのが
「わたくしたちにもお聞かせくださいまし」
「どのような場所だったのですか、五雲国は」
身を乗り出して興味津々な二人に榠樝が苦笑して窘める。
「これ。紫雲英を
「まったくだ。私が居らぬ間、何も無かっただろうな。ちゃんとお守りしていたのか」
山桜桃が憤慨する。
「どこから目線の発言ですの?私たちが女東宮を危険に晒すと思いまして?」
「そうですわ。何事もなく、いつも通りでしたわ」
榠樝が肩を竦める。
「少し変わったことと言えば、月白
紫雲英が嫌そうに目を細める。それは充分に変わったことの一つだ。
恋敵が見直されるのは
「わたくしたちがどうこうということはありませんわよ。虎杖どのに置かれましては変わらず突き放しておりますし」
「代替わりを見据えて居られるご様子でした」
堅香子と山桜桃が何となく弁明するのに榠樝が付け足す。
「凍星が今後も五雲国周りのことに関わるのなら、相応の地位が必要で、それは六家の長と兼ねるのは難しかろう。後を継ぐことになるならば正式に婿がねを降りたいそうだ」
これは意外な風向きだ。紫雲英は目を
「となると、月白家からの婿がねは」
「追加はせぬつもりだ。というか、婿がねは……」
榠樝は言い淀んで睫毛を伏せた。
「女東宮」
言い掛けた紫雲英を制し、榠樝は首を振る。
「いや、とにかく不確定要素が多過ぎてな。五雲国がどう動くかでだいぶ先が変わる。前にも言った通り、白紙撤回も視野には入れておいてくれ。しかし此度は私の婿についての話は無かったのだろう?」
紫雲英は頷いた。
「向こうの王は話をしたかったのかもしれんが、今回は主に重臣らとの現状確認に終わった。ただ、私が菖蒲家の次期当主で、女東宮の婿がねであるという情報は伝わっていたのだろう。何度か刺さるような視線を受けた」
榠樝が深く長く溜め息を吐いた。
「あれが王で良かったのか悪かったのか……。いや、あれが王でなければ。今頃虹霓国は壊滅していたかもしれぬか。良かったのだろう、きっと。今以て何故あれが私を好いているのか皆目見当もつかんが」
紫雲英が苦笑し、思わず零した。
「彼の王も、貴方だからこそ惹かれたのだろう。私にもわかる気がする。貴方と居ると心地が良い。貴方に会えない日々は、辛いものがあった」
山桜桃が目を見開き、堅香子が思わず仰け反った。
榠樝は照れて扇で顔を隠す。
「向こうで女あしらいを覚えて来たのか?口が上手くなっている」
紫雲英は真面目に首を振った。
「いや、何故だ?特に饒舌になった覚えはないが」
榠樝はぷっと吹き出して、扇を振る。
「いや、紫雲英は紫雲英のままだな。うん。相変わらずで安心した。久し振りにこうして話せてよかった」
「何だかよくわからぬが、貴方が良いならそれで良い。私も安心した」
榠樝と紫雲英と微笑み合って。
堅香子と山桜桃は顔を見合わせて苦笑する。
相変わらず甘い空気にはならない二人だ。
「碁をしないか、紫雲英。久し振りに打ちたい」
「願っても無い。私もそう思っていた」
きゃっきゃと笑い合う姿はよき友人同士。
山桜桃は少しだけ目を細めた。
それでいいのか、とでも言いたげだった。