今日も
「では、五日後に都を発たれると」
「はい。此度の話し合いで纏めた事案を持ち帰り検討致します。その際に
「
深雪が振り返り問うのに、ひとつ頷く。
「宜しゅうございましょう。取り急ぎ使節の
「という訳で女東宮。如何致しますか。名乗りを上げる者は多いのですが」
「丁度良い者は居らぬのか」
「足して三で割れば良い気も致しますが」
「適当申しておるだろう、摂政」
「いえ、本心に御座います。
何それ完璧。と榠樝は思った。できる訳が無いが。
「重臣を三人遣るわけにもいかぬし、三人遣ったら遣ったで足並みは乱れること間違いないな。歩調が違い過ぎる」
「御意」
年齢と経験と立場とを考えると実に難しい。
「六家に限らず中納言辺りから選んで、補佐に紫雲英を付けるか」
「では
頷き掛けて、榠樝は首を振る。
「……いや、待て。今一抹の不安が
甥が晴れの役目に預かるかもしれぬ折である。
菖蒲家としては、次期当主の紫雲英が副官ともなれば晴れがましいことこの上なく。
また、六家の中にても一際力を示せること間違いない。
「何も、この一度だけの使者、という訳でも無いな」
榠樝は考え考え言葉を紡ぐ。
「長官を据え置き、副官を婿がねから順次選ぶか」
「なるほど。誰か一人を特別扱いはせぬ方針でございますな」
うん、と榠樝は肯いた。
「単に均衡を考えてのことでもある。だが、同じ面々で当たった方が遣り易い面も多かろう。悩むな……」
「あと五日でございますので、長官と副官以外は
「頼む。それと頭中将」
「は」
「
「神祇伯
「陰陽頭
平伏する二人に榠樝は問う。
「こたびの使者に海難避けの護符を授けたい。できるか」
二人の老人はさして気負うことなく答えた。
「可能でございまする」
「長官にのみ、で宜しゅうございまするか」
榠樝は少し考える。
「長官と副官、それに湊若月にも渡したいのだが、良いだろうか」
尾花が片眉を上げた。
「畏れながら申し上げます。それは虹霓国の威光を示すという意味で宜しゅうございますか」
榠樝の口角が綺麗に上がった。
「その通りだ。頼めるか」
木蓮子がゆっくりと頭を垂れた。
「我ら神祇官の威信を掛けて臨みましょう」
尾花も続いて頭を垂れる。
「我ら陰陽寮も同じく。これ以上ない護符を献じて御覧に入れまする」
そして三日が過ぎ、朱鷺
「女東宮、今暇?」
途端に檜扇が飛んで来た。
「なんて呼び方しますの無礼者!程がありましてよ!」
「暇ではないが話したい。これへ」
「お邪魔しますよっと」
賢木が
「今度の使者の件だけど、国宝級の護符が届くよ。楽しみにしていてね」
虹霓国の国宝は多々あるが、いずれも神代から伝わる霊験あらたかな代物で。
持ち出すと荒れ狂う雷雨に見舞われる太刀だとか、顔を映されると魂が抜き取られてしまう鏡だとか、物騒なものが多い。
勿論そうでない普通の宝物も多々あるのだが、曰く付きのものが多いのは事実だ。
「……気合入り過ぎじゃないか?」
引き攣った榠樝の表情を見、賢木はにんまりと狐のように笑った。
「使節団は船酔いひとつなく、穏やかな航海になるだろうね。龍神さまは海神さまでもあられる」
「ああ。龍宮か。そうか、そうだな」
榠樝は頷く。当たり前のこととして隣にあると、つい失念してしまうけれど。
海に囲まれた虹霓国を、龍神は包み込むように守っているのだという。
「菖蒲紫雲英が副官に決まったって聞いた。暫定ではあるそうだけど。心配なんでしょう?初の外交のお役目だし」
「まあな。いろんな意味でな」
遠い眼になった榠樝を見、賢木はひょいと木片を差し出した。
「今夜これ抱いて寝て。護符に女東宮の加護も付けよう。それを菖蒲紫雲英に渡そう」
榠樝は
「そんな粗雑でいいのか?
賢木はにこりと笑う。
「
榠樝は一も二も無く護符を受け取り、真剣な表情で頷く。
「それはとても大事だな」
斯くして。
護符は虹霓国の威信を掛けての最高の出来となった。
「わたくしにも光っているのがわかるくらいですもの、相当ですわこれ」
堅香子が
呼び出された紫雲英も顔を引き攣らせている。
「渡すものがあると言うから参じたが、これは……遣り過ぎではないか?」
榠樝はふふんと胸を反らせた。
「うんと念を込めた。道中無事であるように。また向こうでも何事も無いように。とにかく気を付けてな。喧嘩を売るでないぞ」
紫雲英は胡乱な眼差しを向ける。
「
「自己肯定感が高過ぎなのですわ。鼻っ柱を折られぬよう、お気を付けあそばせ」
「山桜桃に言われるようでは私もおしまいだな」
「何ですって?」
「言葉通りだ。幾ら私でもそこまで不遜ではないぞ」
「ま、どの口で仰るのかしら」
山桜桃と紫雲英は相変わらずの喧嘩腰の遣り取りで。
榠樝は少し眉を下げた。
「心配なのは本当だ。無事で居てくれ」
紫雲英は笑う。
「貴方の加護とこの護符があれば、何も恐れることは無いだろう。行って参ります」
颯爽と去って行った背中を見送って、榠樝は小さく吐息する。
「息子を送る母親というのは、こういう気持ちなのだろうか……」
切なげなその様子に、堅香子と山桜桃が堪え切れずに吹き出した。
斯くして、五雲国へ。虹霓国から初めての使節団が送られる。
長官は月白凍星。副官は菖蒲紫雲英。
虹霓国では王族に次ぐ六家の当主と、次期当主とを差し向けるという破格のものとなった。