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 紫宸殿ししんでん南庭。

 今日も湊若月そうじゃくげつが参じている。


 摂政せっしょう蘇芳深雪すおうのみゆきはやはり勿体ぶった態度で相手をしていた。


「では、五日後に都を発たれると」

「はい。此度の話し合いで纏めた事案を持ち帰り検討致します。その際に虹霓国こうげいこくよりのご使者も我らと同道しては如何いかがかと」


女東宮にょとうぐう


 深雪が振り返り問うのに、ひとつ頷く。


「宜しゅうございましょう。取り急ぎ使節の長官かみを指名致します」






 清涼殿せいりょうでんに移動するなり、深雪は前置き無く切り出す。


「という訳で女東宮。如何致しますか。名乗りを上げる者は多いのですが」


 榠樝かりんは渋い顔で昼御座ひのおましについた。


「丁度良い者は居らぬのか」

「足して三で割れば良い気も致しますが」


「適当申しておるだろう、摂政」

「いえ、本心に御座います。月白凍星つきしろのいてぼし藤黄南天とうおうのなんてん菖蒲紫雲英あやめのげんげを足して割れば丁度良いかと」


 何それ完璧。と榠樝は思った。できる訳が無いが。


「重臣を三人遣るわけにもいかぬし、三人遣ったら遣ったで足並みは乱れること間違いないな。歩調が違い過ぎる」

「御意」


 年齢と経験と立場とを考えると実に難しい。


「六家に限らず中納言辺りから選んで、補佐に紫雲英を付けるか」

「では副官すけは菖蒲紫雲英で宜しゅうございますか?」


 頷き掛けて、榠樝は首を振る。


「……いや、待て。今一抹の不安がぎった」


 頭中将とうのちゅうじょう菖蒲霜野あやめのそうやははらはらと成り行きを見守っている。

 甥が晴れの役目に預かるかもしれぬ折である。

 菖蒲家としては、次期当主の紫雲英が副官ともなれば晴れがましいことこの上なく。

 また、六家の中にても一際力を示せること間違いない。


「何も、この一度だけの使者、という訳でも無いな」


 榠樝は考え考え言葉を紡ぐ。


「長官を据え置き、副官を婿がねから順次選ぶか」

「なるほど。誰か一人を特別扱いはせぬ方針でございますな」


 うん、と榠樝は肯いた。


「単に均衡を考えてのことでもある。だが、同じ面々で当たった方が遣り易い面も多かろう。悩むな……」

「あと五日でございますので、長官と副官以外は臨時定りんじさだめはかった者どもで宜しいでしょうか」


「頼む。それと頭中将」

「は」


神祇伯じんぎはく陰陽頭おんみょうのかみを呼べ」




「神祇伯天藍木蓮子てんらんのいたび、参りました」

「陰陽頭朱鷺尾花ときのおばな、参りました」


 平伏する二人に榠樝は問う。


「こたびの使者に海難避けの護符を授けたい。できるか」


 二人の老人はさして気負うことなく答えた。


「可能でございまする」

「長官にのみ、で宜しゅうございまするか」


 榠樝は少し考える。


「長官と副官、それに湊若月にも渡したいのだが、良いだろうか」


 尾花が片眉を上げた。


「畏れながら申し上げます。それは虹霓国の威光を示すという意味で宜しゅうございますか」


 榠樝の口角が綺麗に上がった。


「その通りだ。頼めるか」


 木蓮子がゆっくりと頭を垂れた。


「我ら神祇官の威信を掛けて臨みましょう」


 尾花も続いて頭を垂れる。


「我ら陰陽寮も同じく。これ以上ない護符を献じて御覧に入れまする」






 そして三日が過ぎ、朱鷺賢木さかきが飛香舎の庭先に現れた。


「女東宮、今暇?」


 途端に檜扇が飛んで来た。


「なんて呼び方しますの無礼者!程がありましてよ!」


 堅香子かたかごが投げた檜扇を避ける姿も様になってきたな、と榠樝は妙な感心の仕方をした。


「暇ではないが話したい。これへ」

「お邪魔しますよっと」


 賢木がきざはしに腰掛け、榠樝は端近はしぢかに寄った。


「今度の使者の件だけど、国宝級の護符が届くよ。楽しみにしていてね」


 虹霓国の国宝は多々あるが、いずれも神代から伝わる霊験あらたかな代物で。

 持ち出すと荒れ狂う雷雨に見舞われる太刀だとか、顔を映されると魂が抜き取られてしまう鏡だとか、物騒なものが多い。

 勿論そうでない普通の宝物も多々あるのだが、曰く付きのものが多いのは事実だ。


「……気合入り過ぎじゃないか?」


 引き攣った榠樝の表情を見、賢木はにんまりと狐のように笑った。


「使節団は船酔いひとつなく、穏やかな航海になるだろうね。龍神さまは海神さまでもあられる」

「ああ。龍宮か。そうか、そうだな」


 榠樝は頷く。当たり前のこととして隣にあると、つい失念してしまうけれど。

 海に囲まれた虹霓国を、龍神は包み込むように守っているのだという。


「菖蒲紫雲英が副官に決まったって聞いた。暫定ではあるそうだけど。心配なんでしょう?初の外交のお役目だし」

「まあな。いろんな意味でな」


 遠い眼になった榠樝を見、賢木はひょいと木片を差し出した。


「今夜これ抱いて寝て。護符に女東宮の加護も付けよう。それを菖蒲紫雲英に渡そう」


 榠樝は胡乱うろんな視線を賢木に投げる。


「そんな粗雑でいいのか?精進潔斎しょうじんけっさいとかそういうのは?」


 賢木はにこりと笑う。


ことが重要なんだよ。女東宮手ずからとなれば、抑止力も効くでしょう。暴走しないように」


 榠樝は一も二も無く護符を受け取り、真剣な表情で頷く。


「それはとても大事だな」


 斯くして。

 護符は虹霓国の威信を掛けての最高の出来となった。


「わたくしにも光っているのがわかるくらいですもの、相当ですわこれ」


 堅香子がおののいた。

 呼び出された紫雲英も顔を引き攣らせている。


「渡すものがあると言うから参じたが、これは……遣り過ぎではないか?」


 榠樝はふふんと胸を反らせた。


「うんと念を込めた。道中無事であるように。また向こうでも何事も無いように。とにかく気を付けてな。喧嘩を売るでないぞ」


 紫雲英は胡乱な眼差しを向ける。


蘇芳紅雨すおうのこううでもあるまいし。私がそのような愚を犯す訳がないだろう」

「自己肯定感が高過ぎなのですわ。鼻っ柱を折られぬよう、お気を付けあそばせ」


 山桜桃ゆすらがざっくりと断じ、紫雲英が眉を跳ね上げる。


「山桜桃に言われるようでは私もおしまいだな」

「何ですって?」


「言葉通りだ。幾ら私でもそこまで不遜ではないぞ」

「ま、どの口で仰るのかしら」


 山桜桃と紫雲英は相変わらずの喧嘩腰の遣り取りで。

 榠樝は少し眉を下げた。


「心配なのは本当だ。無事で居てくれ」


 紫雲英は笑う。


「貴方の加護とこの護符があれば、何も恐れることは無いだろう。行って参ります」


 颯爽と去って行った背中を見送って、榠樝は小さく吐息する。


「息子を送る母親というのは、こういう気持ちなのだろうか……」


 切なげなその様子に、堅香子と山桜桃が堪え切れずに吹き出した。




 斯くして、五雲国へ。虹霓国から初めての使節団が送られる。

 長官は月白凍星。副官は菖蒲紫雲英。

 虹霓国では王族に次ぐ六家の当主と、次期当主とを差し向けるという破格のものとなった。

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