月白
榠樝は
「天恵人参の不作までは
しかも輸入先は五雲国。現在一触即発の危うい関係でもある。
摂政
「ですが天恵人参は我が国にとっても重要な薬草でございます。やはり栽培の方法を模索するべきかと存じます」
右大臣
「それは
天恵人参は五雲国の特産品であるとても貴重な薬種だ。
それこそ喉から手が出るほど欲している者は数多い。
そして、虹霓国では何度試しても根付かなかったものでもある。
「あの時は失敗したが、此度は成功するかもしれぬ」
「費用も時間も掛かり過ぎるのです」
「では右大臣はどうしたらよいと思われるのだ」
「それは……」
榠樝はぱしんと
「争っても埒が明かぬ。誰ぞ良い
「
苧環は穏やかに微笑む。
「天恵人参が駄目なら、他の物を使えば宜しゅうございます。幾らかの薬では天恵人参の代替品が使われると耳に致しました。変えられるもので、我が国でも栽培可能なものを典薬寮に命じ、育てさせては如何でしょう」
場はまた騒めいた。
「そのように簡単に行くのか?」
「無茶を申される」
「いや、良いかもしれぬ」
榠樝は頷く。
「前に天恵人参の代わりに黄精を使うという薬の話を聞いた。
深雪が不審な表情をして紫苑と顔を見合わせる。
「女東宮は何故そのようなことをご存じなのですか?黄精というものは
「うん。前に少々気になることがあって医官に聞いたのだ。黄精は
深雪が感心半分、呆れ半分の微妙な表情で榠樝を見る。まるで薬師見習いかのようだ。
「よくもまあそこまでご存じでいらっしゃる」
「少々興味があってな」
榠樝は少しだけ得意げに顎を反らせた。が、すぐに真面目な表情に戻って続けた。
「渡来の物は貴重で珍重せねばならんが、我が国で代用できるものを作っておらぬと、入って来ない時に酷く困るな。自給自足が肝要だ。特に生命に直結する食べ物や薬や、そういったものをだ」
「御意」
「同時に天恵人参の栽培も進めてくれ。摂政の言った通り、此度は前回から学んだことが生かされ、上手く行く可能性が皆無であるとは言えぬだろう。土地の改造は酷く手間だが、試してみる価値はあると思う」
多大な財を投資したとしても、成し遂げられればそれ以上の益が出よう。
凍星は苦し気な六花の額の汗を拭いてやる。
熱に浮かされ意識は無い。
凍星は祈るように呟く。
「……
そっと棕晨星が入出する。手にした盆には薬湯と吸い飲み。
「福徳延寿丸では無いのだろう。効くのか」
黒く隈が浮き、酷くやつれた表情の凍星に棕晨星は薬湯を差し出した。
「こちらは殿にでございます。お飲みくださいませ。お倒れになられます」
「六花は」
「こちらを」
吸い飲みを見れば琥珀色の液体が揺れていた。
「気休めにしかなりませぬが、咳が抑えられまする。さすれば体力の消耗を少し遅らせることができます故」
凍星が頷くと、棕晨星は六花をそっと抱き起し、吸い飲みを咥えさせた。
「さ、若君。少しずつ、お飲みなされ。少ぅし息が楽になりまする」
六花は薄く目を開いて困ったように微笑む。
「苦いの、いやだあ」
「大丈夫。甘みを加えてございます」
恐る恐る一口含んで、六花は眉を下げた。
「あんまり、苦くない」
「はい。さ、慌てず」
凍星は凝と二人を見詰めていた。睨み付けるような強い眼差しだった。
「ちちうえ」
六花がなんとか微笑む。
「ぼく、だいじょうぶよ。だからおしごと、いってください」
女東宮をお助けして。と言い残して、六花はすとんと眠りに落ちた。
棕晨星は上掛けをそっと直し、凍星に向き直る。
「お話がございます。ここでは若君に障りましょう」
凍星は頷くとそっと御簾を上げ、廊下に出た。
静々と棕晨星が従う。
二人は
赤や黄色に染まった葉は散り始めていた。
冷たい風が頬を刺すように通り過ぎる。かさかさと音を立てて枯れ葉が転がっていく。
重い口を開き、棕晨星が述べた。
「五雲国よりの使者を追い返した件にございまするが」
凍星は頷きもせず視線だけで先を促す。
「やはり彼の王は女東宮をお望みです。何とかせよとの仰せでございました」
「何とかせよも何も、どうにもできぬ」
「説得に成功すれば天恵人参に困ることも無くなると」
凍星が深く溜息を吐いた。
「どうしろというのだ」
「女東宮が五雲国へ嫁ぐ方向へ議論を導くようにとのことです」
「無理難題だな」
棕晨星は深く深く溜息を吐く。
「説得できなければ天恵人参を今後一切輸出せぬとまで仰せでした」
ぎり、と凍星が唇を噛んだ。
「六花と女東宮を天秤に掛けよということか」
棕晨星は頷いた。
「こちらの立場はわかっているのだろう。六家の一当主に過ぎない私が、女東宮をどうにか出来るはずなど無いのも、わかった上での言だろう。私の息子の命が惜しければ何としてでも女東宮を動かせと……!」
榠樝をどうにかしたとして、その後に摂政の蘇芳深雪が立ちはだかる。
どうあっても女東宮が五雲国へ輿入れすることはあるまい。
だが、天恵人参が手に入らない今、六花の命は風前の灯火。
「上手く運べば、虹霓国内に確保してあるものをすぐにでもお渡しできるそうです」
棕晨星の台詞に、凍星は崩れ落ちるように膝をついた。
「知左……」
苦し気に、血を吐くように凍星が呼ぶ。
今、傍に居てくれたら、と。