今日も一日務めを終えて。
「いつまで経っても慣れん。この苦み」
「蜂蜜をお足し致しましょうかと先日も申し上げましたのに」
「幼子のようでなんか嫌なの」
いつもの出来事。いつもの会話。
「時に杜鵑花」
「はっ」
「
杜鵑花は淀みなく答える。
「はい。天から授かった恩恵という意味を有した特別な人参でございます。滋養強壮や免疫力向上、疲労回復など様々に用いられます。天恵と名の付くものは特に珍重される部類で、しかも希少でございます故、非常に高値で売買されておりますね」
榠樝は口元に手を遣る。
「
「いえ、女東宮がお望みになればすぐにもお出しできます。その薬湯にも入ってございますよ」
「えっ、そうなの?」
杜鵑花はにこにこと肯く。
「恐らくは苦みの主成分が天恵人参でございますね。昨今は代替物も開発されて来ておりますし、
途端に医官の顔になった杜鵑花に苦笑し、榠樝は首を振る。
「私ではないわ。
「ええ、はい。四の若君でございますね。二度ほどお目に掛ったことがございます」
「病の件で?」
「と、申しましょうか、若君付の薬師が
榠樝は目を剥いた。
思いもよらぬ所から、思いもよらぬ情報が転がり出て来た。
「ちょっと詳しく話して
榠樝は杜鵑花から聞いた情報を頭の中で組み立てる。
十年より幾らか前、五雲国から腕のいい薬師が渡って来た。最初は南の大宰府辺りで薬師をしていたが、とにかく評判がよかった。
それを聞きつけて月白当主の
生まれながらに病弱な末子の四郎の為だ。それが
薬師は五雲国にしか無い特別な薬を四郎に与えた。
そして、寝たきりだった四郎が起き上がれるようになる。
今や外出さえできるようになった。
但しそれはとても高価で、また、五雲国由来の生薬を配合しなければ作ることが不可能な物だった。
以来月白家は南の大宰府に人を遣り、今も定期的に買い付けを行っているらしい。
「それが
榠樝は目を瞬く。
「そのように細かく材料がわかっても作れないの?」
「細かい配分がわかりませんと、処方するのにかなりの労力を費やします。薬は配分により毒ともなりますので」
「強い薬も過ぎれば毒とか言うな。そういえば」
「御意。香を作る手順と少し似ております」
榠樝は頷いた。
「そうか、配分次第で随分変わるか。なるほど。その処方を知るにはその書物を読むしかないの?月白のお抱え薬師が持っているのか?」
「はい。写本を作らせて頂けないかと打診したのですが、断られました」
「秘伝の技か」
「そうでございますね」
唸って考え込んでしまった榠樝に、杜鵑花は少し首を傾げた。
「福徳延寿丸、ご所望でございますか?」
「ちょっと、違う。それに勝る効果のある薬とか、無いかなって」
杜鵑花は少し小首を傾げた。
「個体差がありますので、その方にあった処方をしなければなりませぬ故、何とも。ただ似たような効果の薬ならば存じております。
「霊芝延命湯」
「その名の通り
榠樝は口元に手を遣ったまま、暫く宙を見つめていた。
福徳延寿丸。霊芝延命湯。健康長寿の薬。
高価なもの。それに見合う対価。
五雲国の薬師。月白当主凍星。月白の病弱な若君、六花。
「その薬師、会えないかしら」
「はっ?!えっ、お会いになりたいのですか?!」
仰天した杜鵑花に苦笑を送り、榠樝は檜扇を揺らした。
「無理よね。うん。それはそう。わかってる」
地下の者に女東宮が会うのは望まれない。内裏に召すなど以ての外。ましてや榠樝が出向くことなど。
そして間の悪いことに、それが五雲国の者だという。
今や両国は一触即発ともいえる状態となってしまっている。
そんな中、五雲国出身の薬師に会いたいなどと言ったら、摂政
無理だ。
それまでかたこととあちらこちらを片付けていた
「わたくし、代わりに行って参りましょうか?」
「はい?!」
「榠樝さまが何をお望みなのか、わたくしわかっておりませんのでその辺は詳しくお聞きしなければなりませんけれど。女東宮のお使いと申せば月白のご当主も嫌とは申せませぬでしょう」
榠樝はものすごく複雑な表情を浮かべ、赤くなったり青くなったりした。
「……大丈夫でございます?」
「いや、えっと……………」
檜扇でこめかみをぐりぐりと押し、考え込む榠樝。
偵察。
悪くないかもしれない。
いきなり殺されることも無いだろう。
たぶん。
「堅香子」
「はい」
「月白邸にて六花付きの薬師を探ってきてほしい」
「具体的には何をでございますか?」
榠樝は眉を寄せて唸る。
「まだ漠然としてるから何とも……。人柄とか、見た目とか、その辺の報告で構わない。あと堅香子から見た印象、雰囲気、何でもいい。感じたことを教えて頂戴」
「御意」
「杜鵑花も連れて行って」
完全に自分は除外されていると思っていた杜鵑花が目を剥く。
「私もですか?!」
「福徳延寿丸のこととか聞きたい。聞いてきて。聞ける範囲でいいから。あと堅香子を宜しく。守ってやって」
堅香子が眉根を寄せた。
「杜鵑花どのとわたくしなら、わたくしの方が強そうですわ」
「堅香子さま、それはあんまりでございますよ」
「そうよ。私が言ってるのは毒を盛られた場合のことよ」
杜鵑花も堅香子も目を真ん丸に見開いて榠樝を見る。
「まだ可能性の段階だけど、引っ掛かるのよその薬師。単に五雲国から来ただけの善人の薬師だったら申し訳ないけれど。どうも何かが引っ掛かってるのよ」
榠樝の感覚の深い所で、何かが絡まっている。
糸を
引っ張り上げれば何かがある。そんな確信めいた思いだけが胸に熱く燃えている。
龍神の加護なのだろうか。
この糸を