「正直に言うとな。甘いと断じられ、断られるかと思った」
「私もそう考えます。甘いと存じます」
「だが、その為の道筋を考えておられるのでしょう」
続けられた言葉に、榠樝は銀河を真っ直ぐ見上げた。
「容易いとは思っていない。無理難題だとわかっているが、その道があるなら探し続けるだけだ」
「
うん、と肯き榠樝は前を見る。
「だからこそ、戦いになった場合に勝てる布陣が必要だ。相手が勝てぬと思ってくれるような完璧な備えが要る。
南天は天を仰いで顔を覆った。
「そんな面倒くせえこと押し付けられたのか、俺……!」
銀河が苦笑し、榠樝は笑った。
「そう。面倒くさいし大変だし、難題はごろごろだ。遣り甲斐があるだろう」
「そう言われると大変にやる気が湧いてきますね」
投げ遣りな南天に銀河が目を細めた。
「適任ですな。右大将ならこの難題をも楽しんで乗り越えるでしょう」
「左大将どの、面白がってませんか」
銀河は真顔で南天を見据える。
「いや、本心だ。多少無理なことでもやり通せ。だが無茶はするな」
南天は溜め息を吐きながらも、どこか満足げに肩を竦めた。
「筋道立たず、道理に合わずが俺なんですけどね。女東宮の
榠樝は頷いた。
「頼む。私も頑張る。次は
銀河は聞き捨てならぬと目を細める。
「我らに隠れて何事かなさっているのは知っておりましたが、我ら六家に何かございましたか」
榠樝は銀河を見上げ、にこりと笑った。
「探しものをしておる。もうすぐ見つかると思うのだ」
南天が口を歪めた。
「無茶する時は事前に言ってください。こちらにも準備ってもんがあるんです」
「言ったら手伝ってくれるのか?」
きょとんと顔を上げる榠樝に、南天は目を細めて笑った。
「モノに寄りますが、まあ、だいたいのことは任せてください」
銀河がコホンとひとつ
「私の目の前で密談して宜しいので?兄に報告するやもしれませぬ」
「構わぬ。いずれ摂政にも力添えを頼むつもりだ」
目を剥き、次いで銀河は笑い出した。
「ははは、女東宮は
榠樝も笑った。
「微笑ましい子供の頑張りで済ませるつもりはないからな。私も本気だ」
その台詞に益々銀河は笑いを深める。
榠樝は本気で
「兄を動かす際は、私にもご下命を。お力になりましょう」
どこか楽し気な銀河に意外そうな顔をして、けれど嬉しそうに榠樝は頷いた。
そして事後報告。
当然のこととして、摂政蘇芳深雪にこってりと絞られた榠樝だった。
「勝手に話を進めては各所が混乱致します。まずは根回しということをなさいませんと、後々面倒が増えまする」
「すまぬ」
謝罪ではあるが、その表情には何処か晴れ晴れとしたものがあって。
深雪は眉間の皺を深める。
「少しは計画的に動いてくださらねば、混乱が広がるばかりでございますこと、お心にお留め置き頂きたい」
「す、まぬ」
榠樝の声がやや引き攣った。
深雪は深々と溜息を吐き、
「光環国の海防を利用すること、悪い手ではないと存じます。ですが整えるには万全の支度が必要です。時間が掛かることをどうぞお忘れなきよう」
深雪は静かに告げる。
「虹霓国には、もはや、後戻りする場は無いのです」
「だからこそ足元を万全にしたいのだが」
「結局、月白家への
銀の碗を受け取り、榠樝はふうふうと茶を冷まし、一口飲む。
「
「ひとまずは無事の解決でようございました」
「後は北方三島の復興だな。北の
静々と
「南の大宰府からでございます」
堅香子が驚いて榠樝を振り返る。
「南にも何事かありましたの?」
榠樝が首を振る。
「新たな面倒ごとではないから安心せよ。いや、たぶんだけども。頼んでいたことの報告だと思う」
榠樝は手首を翻し、書状をひらりと片手で広げた。
「五雲国に限らず、渡来の品々の流れる先を調べて報告するよう申し付けておいたのだが、やっとある程度の調べがついたらしい」
読み進めるほどに、榠樝は眉を寄せていく。
堅香子も山桜桃も息を詰めて榠樝の表情を窺った。
深い溜め息と共に書状を置いて、榠樝は天井を仰いだ。
「やっぱり月白の懐に、何とかして入り込まねばならんなー」
書状には、月白家が定期的に五雲国から高価な薬種を求めていると書かれていた。
それだけならまだしも、五雲国から秘密裏に薬師も招いているという。
しかもそれが七年も前のこととは。
公にすることでも無いのはわかる。もしかしたら前王である父には報告がしてあったのかもしれない。そうでないのかもしれない。
少なくとも蘇芳深雪は知らぬことと思う。知っていれば報告がある筈だ。
頼りにならない女東宮に、わざわざ伝えることも無いと判断されたのではないのならば。
「
五雲国との繋がりが微かにでも見られたのだ。追及するほか無い。
だがしかし。
「どうやるか」
榠樝は頭を抱える。
「
「だからそれは駄目だと申しましたでしょう」
「私たちが何とか
堅香子と山桜桃が一生懸命に説き伏せてくるのを半分は聞き流しながら、榠樝はあれこれと考えを巡らせていた。
「……
三人寄れば文殊の知恵。
もっと集まればもっと良くなる、という訳でもないけれど。何かしら糸口が見つかるかもしれない。
堅香子が片眉を上げた。
「同時にお呼びすると、また
山桜桃もそうだと同意する。
「煩いことになった方が、お互い刺激になって良い案が出たりしないかなと思っている」
堅香子が嬉しそうに笑った。
「榠樝さま、悪女ですわ!」
「その調子でございますわ!」
山桜桃もにこにこと手を叩く。
いいのか。それで本当に。と、榠樝は思った。