こっそりと。
供に付くのは
三人ともが身を
榠樝は
それが却って子供っぽいと言えるかもしれないが。
銀河は束帯だが五位の武官の服装だし、南天は
「変な一行で却って目立つんじゃ?」
南天の台詞に榠樝はむ、と唇を尖らせた。
「女房装束では目立ち過ぎるし、
「そもそも女東宮がお忍びで出掛けるなど、あってはならぬことなのですが」
銀河の冷静な突っ込みがぐさりと突き刺さる。
「その割に、よく協力してくれたな。感謝する」
銀河はちらと榠樝を見、吐息した。
「目の届かぬ所で無茶をされるより数段マシですな」
「相済まぬ」
「心が籠っておられませぬな」
「いや、心から申しておる」
ちぐはぐな二人の会話に南天が笑うのを必死で堪えている。
銀河はにこりともせず宣言する。
「そろそろです。お覚悟を」
南天は腰の太刀を確かめ、榠樝は顔を引き締めた。
いよいよ対面である。
榠樝がその部屋に入った時、ソナムは板敷の床に
「ソナムにございます。今は亡きナルニティタム、
用意された
「虹霓国女東宮、榠樝である。
ぴり、と痛いくらいの緊張が走った。
ソナムの隣に控えている男が放った殺気のような空気に、榠樝の頬がぴくりと引き攣る。
南天が一歩前に出、それを榠樝が制した。
ソナムが顔を上げ、少し驚いたような表情を見せる。
榠樝が男装だからだろうか。それとも想像よりも幼かったのだろうか。
問いたいことはたくさんある。
だが、まず第一に聞かねばならないことは。
「何故、我が国を襲った?」
途端にソナムの顔が歪む。隣に控えていた男が勢いよく顔を上げた。
「畏れながら申し上げます。虹霓国を襲う計画を立てたのはこの私、スゲンにございます」
「スゲン、控えよ」
「ソナムさまは最後まで反対しておられました。そのことをどうか、お心にお留め置きくださいますよう、お願い申し上げます」
南天は目を細めた。まるで凍てつく矢のようで、スゲンに深く突き刺さる。
銀河がちらと南天を窺い、けれどこちらも刃のように冷たい視線だった。
視線だけで切り刻めそうだ。
榠樝はす、と息を吸う。
「留め置こう。その上でもう一度問う。何故、我が国を襲った」
ソナムは苦し気に眉を寄せ、けれど静かに語り始めた。
「ナルニティタムは五雲国に滅ぼされ、今は我が叔父が領主として支配しております」
長い話になりそうだった。榠樝は居住まいを正す。
真剣に聞こうとしている様子にだろうか、少しソナムの表情が緩んだ。
「ナルニティタムを取り戻すべく、我らは海賊をしながら諸島を放浪しておりました。同志を集め、散らばった民を拾い、五年掛かりましたが、船団と呼べるほどの規模になったのでございます」
そして、とソナムは続ける。
「我らには拠点が必要でした。五雲国よりナルニティタムを取り戻すための拠点が」
「それで我が国の北方、
ソナムは肯いた。
「はい。当初、虹霓国本土を脅かすつもりはありませんでしたが、勢いに乗る者たちを止められなかったのは私の咎です。多くの者を犠牲に致しました。貴国の民も、我らの民も、多くが失われました。どうぞ、お望みのままに処断して頂きたく思います」
榠樝は止めていた息をゆるゆると吐き出した。
息を詰めて聞いていたのだ。
「ソナムどの」
榠樝は穏やかに問い掛けた。
「貴方はまだ、祖国を取り戻すために戦いたいか?」
ソナムの瞳が揺れる。
「取り戻したくないと申し上げればそれは嘘になります。けれど、私はもう、これ以上犠牲を出したくない。どうか、私の首級一つで収めて頂けないでしょうか」
スゲンがぎゅっと唇を噛んだ。
きっと、止めても彼はソナムの後を追い、自ら命を絶つだろう。
忠臣。
決意が透けて見える程。
「ソナムどの」
榠樝がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「貴方の命、私が貰い受ける」
銀河と南天が驚いたように榠樝を見る。
意外な選択だったからだ。
榠樝がソナムを処断するとは思っていなかった。
ソナムがそっと目を閉じ、スゲンがぐっと歯を食い縛った。
「ついては」
コホンと咳払いをし、榠樝は宣う
「その首もろとも身体ごと、虹霓国の為に使わせて頂こう」
その場の誰にとっても予想外の言葉に、全員が狼狽える。
榠樝はにこりと笑って見せた。
「光環国、ナルニティタム、の民は海と深い結びつきを持つ。そして海防や操船術にも長けていると聞く。それを是非とも生かして貰いたい」
「え、は?」
状況が呑み込めぬソナムの横、スゲンが床に叩き付ける勢いで頭を下げる。
「感謝致します……!!」
榠樝は少し視線を泳がせた。
「その為説き伏せなくてはならぬ者が居るのだが、そちらは何とかするので宜しく頼む。ところで、現在我が国が五雲国に狙われているのはご存じか?」
ソナムとスゲンは肯いた。
「属国として、私を妃に差し出せと言われて追い返したのだが、また来ると思うのだ」
榠樝の言葉にソナムとスゲンが目を剥き、銀河は目を覆い、南天は溜め息を吐いた。
「ご存じの通り我が国は海防が弱い。切り札の一つにさせて貰う」
スゲンが口を挟んだ。
「我らを五雲国との海戦に使われるおつもりなのですね」
「少し違う。私は戦を回避したいのだ。その為の布陣を整えたい。……言い方が違うな、ええと」
榠樝は口元に手を遣り、言葉を選んだ。
「人の命を消費することなく、五雲国に勝ちたい」
銀河が片眉を跳ね上げた。南天は唖然としている。
「無血勝利を、お望みと」
ソナムが畏敬の表情を浮かべた。
「そう、それだ。無血勝利。戦闘を行わずに相手を降伏させたり、交渉や策略によって勝利を得る方法があると知った。ならば私はそれを求める」
榠樝は
銀河と南天が慌てるが、榠樝には確信があった。
手が触れる程近付いても、ソナムもスゲンも動かなかった。
榠樝の直観。
この二人は信用できる。
「命を奪うことは容易い。けれど貴方を生かした方が、虹霓国の利になると私は踏んだ」
榠樝はソナムに手を差し伸べた。
「私の為、虹霓国の為。その命、使って貰う」
ソナムは榠樝の手を取り、そっと額に押し頂いた。
恭しく、心からの言葉を口に乗せる。
「ナルニティタム最後の王族、ソナムは貴方に忠誠を誓います。貴方の為に、私のすべてを捧げましょう」
榠樝はふ、と息を吐いた。