華々しい凱旋はさながら祭りの
朱雀大路を大内裏へと向かう軍勢を、民の歓声と造花が迎える。
都の民たちにとって、此度の
日常と掛け離れた世界のことだ。
「呑気なもんだな」
「しっ、右大将さま。笑顔です、笑顔」
「
確かにな、と思ったのか、南天なりの笑顔でぎこちなく手を振ってやれば、民は沸く。
「呑気な」
「右大将さま」
「……」
朱雀門を過ぎ、ここからは大内裏。
南天はふ、と息を吐く。帰って来たなと、漸く思えた。
視線を感じそちらを見れば、兄
「なんだ。出迎えてくれたのか。ありがとな」
橘はすたすたと南天の前まで行くと、暫く無言で弟を見詰めた。
沈黙に首を傾げれば、ぎゅっと抱き締められる。
「おわ、何だ気持ち悪ィ」
振り解こうとするも、橘は放さない。
「無事で、よかった」
絞り出すように聞こえた声に、南天は仰天し、けれど苦笑して兄の肩を叩く。
「ただいま兄上」
堅香子が泣きそうな顔で笑った。
「お帰りなさいませ」
「
「当たり前でしょう何を仰いますのバカじゃありませんこと?!
途端にいつもの調子に戻った従姉妹に、南天は今度こそ破顔した。
摂政
「此度の北征、大儀であった。褒美を取らす。右大将藤黄南天を
南天は一瞬呆気にとられ、けれど彼にしては最上級に礼儀正しく
「謹んで、請け奉ります」
「よく無事で戻ってくれた」
榠樝は自身の声が微かに震えていることに気付いた。
気付いてしまったので、泣きそうなのを無理矢理に堪える。
「後程
砕けた話はここではできない。
「承知仕りました」
すっと立ち上がった榠樝を深雪が止める。
「お待ちを。まだ
虜囚とは光環国の王女、ソナムたちのことだ。他にも三人程が都に連れて来られている。ソナムから離れぬと言い張った腹心達だそうだ。
あ、
「それは追々決めるとしよう。少し疲れた」
御意、と深雪が頭を垂れるが、これは絶対に
追求しないことをありがたく思えと言わんばかりの視線だった。
とても白々しく、静々と退場し、榠樝は廊下でこっそり肩を竦めてみせる。
「さて、どうするか」
対面の仕方を考えねば。
飛香舎。
「いや、会わせたいとは言いましたが、二人きりにとかさせませんよ?!何考えてんですか!」
南天に怒られた榠樝は檜扇で顔を隠した。
「そうですよ榠樝さま、何をお考えですか!護衛無しとか冗談じゃありませんわ!」
「現にその
堅香子と
「立場はわかっている、つもりだが」
「つもりじゃ困るんですよ」
南天がいつになく怖い。気圧される。
「うう……」
だが榠樝も通さねばならぬ意地があった。
「ソナムと言ったか、光環国の王女。亡国とはいえ王女だ。私と同じ立場と言えなくも無いだろう」
「第一王位継承者と、他国の只の王族比べんでください」
「いや、そうなのだが、それでも似た立場だ。
「無理矢理ですわー」
屁理屈に堅香子が憤慨する。
「榠樝さまとは天と地ほども違います。ええ、同じだなんて許せませんわ」
「いや、だから聞けというに!」
榠樝はコホンと一つ咳をして、表情を改めた。
「似たような立場の人間から、直接に話を聞きたいのだ。五雲国に対応する為にでもあるし、私の気持ちの問題でもある。五雲国から虹霓国を守るため、ひいては私の身を守るため。腹を割って話がしたい。となると、なるべく人払いをしたくてだな」
南天がずい、と身を乗り出した。
榠樝が驚く間もなく、とん、と肩を突かれ仰向けに引っ繰り返る。
「あんたは弱いんですよ、女東宮。あっという間にこういうことになる」
南天の顔が降って来そうに見えて、榠樝は呆然と見上げるしかなく。
「何やってますの!!」
「わからせるにも方法がありますでしょう!!」
修羅の顔をした堅香子と山桜桃に引き剥がされ。南天は少し距離を置いて座り直した。
「わかりましたか?」
山桜桃に支えられ起き上がり、榠樝はこくこくと頷いた。
「私では、抵抗も出来ず、瞬きする間に
驚いた拍子にだろう。言葉遣いが素になっている。
「俺でなくとも、男に敵うわけ無いんですよ。女であっても、武芸の心得のある者になら簡単に
俯き、けれど榠樝は呟いた。
「ソナムも、同じだったのではないかしら」
ただの王女だったのではないだろうか。
国を滅ぼされ、生き延びる為に力をつけて、必死で耐えて来たのではないだろうか。
榠樝と同じように、必死で足掻いて、掴み取って。
「きっと、ソナムについてきた人たちも、私を思ってくれる貴方たちと同じように、ソナムのことを思っているのだわ。だからこそ、二人きりで会って、向こうにも安心して欲しい」
同情している。
山桜桃は軽く唇を噛んだ。優しさは榠樝の美徳だが、今は宜しくない。
相手は自国に攻め込んで来た敵なのだということを、忘れてはならない。
「だからと言って、認めませんよ。こっそり会いに行こうとしても無駄ですからね」
幽閉している場所は榠樝には知らされていない。
「じゃあ、南天と一緒なら会ってもいい?」
南天が顔を顰める。
「もとより俺の目が届かない所で会わせるつもりはありやしません。けど、それは他にも護衛なり居る前提の話です」
護衛か。
榠樝は幾つかの顔を思い浮かべ、首を振る。
「左大将とかだと、威圧してしまうからソナムも安心して話してくれないかもと思って……」
「俺は大賛成ですよ。左大将どのなら安心できる。或いは
榠樝は口元に手を遣った。
「向こうも供が二人なら、本音で話せるかしら」
堅香子が顔を顰める。
「榠樝さま。相手は虜囚で貴方は虹霓国の女東宮であらせられます。お忘れなきよう」
一瞬だけ、榠樝の表情が歪んだ。
けれどそれは本当に瞬き程の僅かな間で。
榠樝は目を閉じ、そっと吐息する。
「うむ」
再び顔を上げた時、か弱い少女は何処にも居ない。
榠樝は凛々しく気高い女東宮でなければならない。
いついかなる時もだ。