「どう思う?」
「どう思うと仰せられましても、右大将の
「うーん……だが悪い
征討軍を率いて北上した南天の
北の
北方へ襲来した海賊が
虹霓国に残りたいと願う一部の者を除いて、多くが五雲国への帰還を望んでいること。
女東宮の命により、それらを正式に送り届けてはどうか。
それが一つ。そして更に一つ。
南天は光環国の王女を、都へ連行したいという。
榠樝に会わせたいのだそうだ。
光環国の王女、ソナムを榠樝の配下に置き、海沿いの警備を任せてはどうかと書かれてあった。
細かい話は直にしたいと、相変わらずの雑な文に榠樝は苦笑するしかないのだが。
深雪はソナムを都に連行することには断固として反対だという。
「ましてや女東宮に
不機嫌極まりない深雪に、榠樝は苦笑を深くするしかない。
「五雲国への人質の送還は悪く無いと思う」
「その点のみ、賛成にございます。ですが亡国の王女を、しかも我が国に攻め込んで来た者を女東宮に拝謁させるなど、断じて、あってはならぬと存じます」
とても力の入った断じて、である。これを動かすのは難しい。
「王女を人質に取り、光環国の残党に沿岸警備を任せるのは、考えてみても良いかもしれませぬ。裏切れば即刻、王女の
「物騒だな、摂政。我が国に今や死罪は無いぞ」
「復古すれば宜しゅうございます」
どこまでも本気な深雪。榠樝はそっと檜扇の影に顔を隠した。
「ひとまずは、五雲国への使節の件、諮らせましょう」
摂政は陣定に出席はしない。王と同じく決裁者の側であるからだ。
「宜しく頼む」
陣定は大いに荒れた。
ともかく、前例がない。異例尽くしの出来事である。
五雲国へ人質を返還することは良し。
けれどその際、こちらの有利になる条件をつけるべし。
余計な刺激をせぬように、顛末だけ伝えて送り届けるのみが良し。
などなどなど。
一方の光環国の王女の件は更に熱く意見が交わされた。
「亡国の王族が攻め込んできたのです。無論国外退去させるべきと存ずる」
「いや、上手く利用すれば、右大将の言の如く湾岸警備を充実させられるやも」
「敵として襲って来た相手を信用などできませぬ。反対にございます」
「そこは王女を人質にという摂政さまの案に賛成でございます」
「だが、それで五雲国への備えになるだろうか。或いは逆撫ではしないだろうか」
ああでもない、こうでもない。
意見は真っ二つ。
どちらを選んでも禍根が残る。だが、
「一応の決定は出たのだな。よかった」
結論出ず、と提出されたらどうしようかと思っていた榠樝だ。
「五雲国への使節は早々に出立させよう。書状は私が書かねばなるまい。北の大宰帥に命じて、大弐辺りを使者に立てるか」
腰を浮かせる榠樝に、深雪は冷ややかに述べた。
「書状も北の大宰帥に書かせるが良いかと存じます」
榠樝は少し考える。
「虹霓国の王からではなく、飽く迄海賊を退治し、人質を助けた大宰府からの使節ということか」
「
静かな深雪の言に、榠樝はごくりと喉を鳴らした。
それはつまり。
「私では、付け入られる隙を見せそうか?」
「畏れながらその通りにございます」
御簾の向こうで蔵人頭、菖蒲霜野が眉を寄せた。
深雪に刺さるような視線を向けているが、当の深雪はどこ吹く風だ。
「女東宮を妃に、などと
「……そっちか」
深雪の台詞に榠樝は思わず呟いた。
女人が恋文への返信を認めるのはある程度親しくなってから。
それまでは女房などに代筆させるのが常だ。
国書は恋文では無いのだけれどなあ、と榠樝は思った。
まるで過保護な
「ともかく、右大将は
「異論ございませぬ。しかしながら光環国の王女の件は承服し兼ねまする。北の大宰府に留め置くが宜しいかと」
畏れながら、と霜野が口を挟む。
「いつ逃げられるとも知れぬ北の地に置くよりは、首に縄掛けて右大将どのに連れて来させるのが良いかと存じます」
深雪が眉を寄せる。
「亡国でも王族だ。何処に心棒者が居るとも限らぬ。もしそのような場面に出くわせば、何をされるかわからぬぞ。
霜野は深く
「至らぬことを申しました」
榠樝は口元に手をやって、考え込む。
光環国。亡国の王女。五雲国に滅ぼされた国の姫。
「摂政」
「は」
「光環国の王女と、会ってみるのも良いかもしれぬ」
考え考え、ゆっくりと榠樝は言葉を紡ぐ。
「
深雪の眉間に皺が寄る。深い。だが不快感のそれではなく。
沈思黙考し、深雪は顔を上げた。
「承知致しました。取り計らいましょう」
「うむ」
榠樝はぐっと下腹に力を込めた。
気迫で負ける訳にはいかない。
相手が誰であろうとも。たとえ海賊を率いていた亡国の王女だとしても。
対面するからには、圧倒してみせなくてはならない。