足りない。足りない。何もかもが足りない。
もっと賢ければ。
もっと力があれば。
もっと大人であれば。
もっと。もっと。もっと。
「すべてを覚えなくとも、必ずお役に立つ官がお傍におります。それらを見極め任せるのも女東宮の大切なお役目ですよ」
いつぞや、
榠樝は強く握り過ぎて爪の痕がついた掌を見た。
皮膚が破れて血が滲みそうだった。
足りない力を補ってくれる味方。
また菖蒲家と黒鳶家は少なくとも敵では無いと証してくれた。
おそらくは藤黄家も。
そして勿論のこと、榠樝を支持してくれている六家以外の官も居る。
一人ではない。
手を軽く握り直し、胸を押さえる。
一人ではない。味方が居る。
だがまだ少ないのも事実だ。
派閥争いをしている訳ではないが、きっと
もしも表立って榠樝と深雪が対立したならば。
おそらく榠樝は勝てはしない。
もっと味方を増やさねば。
もっと勢力を拡大させねば。
摂政、蘇芳深雪に対抗できるだけの力が必要だ。
もっというなら、深雪が味方になってくれるだけの説得力を持つことが必要だ。
神輿は一人で歩けない。
担いでくれる者を増やさねば。
「という訳で、だ」
堅香子、山桜桃、紫雲英と、おまけに
「味方を増やすにどうしたらいいと思う?」
紫雲英が手を挙げた。
「賢木の言ったように、貴方に龍神の加護があるならば公にすべきと私は思うが」
堅香子が続いた。
「それを
榠樝は少し眉を寄せる。
「もう少し、見える力で足元を固めてからの方がいいと思うんだ。なにしろ加護は目に見えないから」
山桜桃が思案する。
「だとしたら、やはり六家すべての誰かは押さえておきたいですわね」
「確実に味方なのは、
「わたくしは藤黄と言っても端くれですわ。押さえるならばやはり本家を押さえねば」
「あら、
山桜桃の台詞に堅香子が額を押さえた。
「確かにめろめろですが、茅花どのでは力不足に過ぎます。
「……言い方」
榠樝がそっと
「まあ、南天どのも榠樝さまを好ましく思っておいでですし、二人合わせれば、まあなんとか補えなくもないのではないかしらーとは思えなくも無くは」
紫雲英が苦笑する。
「相変わらず点が
「
榠樝は微妙な顔をする。
「着かず離れず、が縹だから。笹百合も親しくはしてくれるけれど」
少し寂しそうに俯いて、榠樝は言う。
「いつ手を放されても仕方ないと思っている」
「まあ!」
堅香子が目を吊り上げ、山桜桃が柳眉を逆立てた。
「榠樝さまにそんなお顔をさせるだなんて、許せませんわ」
「笹百合どのはきっと味方だと信じておりましたのに」
笹百合が一気に株を落とした気がする、と紫雲英はこっそり思った。
榠樝も感じたのだろう、慌てて弁解する。
「いや、応援してるって言ってくれてるし、笹百合は悪くないし、私が勝手に思っているだけだから、そうでないかもしれないし!」
堅香子と山桜桃は揃って首を振る。
「いいえ、榠樝さまにそんなお顔をさせてしまうというだけで駄目ですわ」
「ええ、榠樝さまに不安を抱かせる時点で駄目ですわ」
どこかで笹百合がくしゃみをしている気がする。
困ってしまった榠樝に、堅香子が少し表情を戻した。まだ険はある。
「ですがやはり落とすのでしたら笹百合どのですわね」
「ですわね」
山桜桃と堅香子は頷き合って、榠樝と紫雲英は顔を見合わせて。
肩を竦める。
「何だかんだ言って、笹百合どのは最終的には榠樝さまをお守りすると思いますわ」
「今まで育んできた絆がありますもの。という訳で、残るは
「何だか無理矢理な気がするが」
「気の
「そ、そうか」
コホンと一つ咳払いをして紫雲英が発言する。
「月白はこう言っては何だが、今回の婿がねの
山桜桃が半眼になる。
「それをいえば我が黒鳶の花時どのも控えめに過ぎましたわ」
肯き、紫雲英が重ねて言う。
「両家は王家に楯突く気も取り入る気も無いのかもしれない。いや、黒鳶は山桜桃を送り込んで来たか」
「ご挨拶ですわね。私は自分で決めて参りましたのよ」
口論の気配を感じ、榠樝が慌てて口を挟んだ。
「ということは残るは蘇芳だけだな」
「つまり、ですわ榠樝さま」
山桜桃がぐいと顔を寄せる。榠樝は気圧され仰け反った。
「蘇芳
「だが、深雪の甥だぞ?」
山桜桃と堅香子と、顔を見合わせて二人、似たような笑みを浮かべて見せた。
端的に言って、怖い。
「甥だからこそ、宜しゅうございます」
「そうですわ。落としてしまいましょう」
嫣然と微笑む二人の美女。
榠樝と紫雲英は気圧されて震える。
なぁん、と万寿麿が気の抜けた声で鳴くのが、なんとも不似合いに思える空気だった。