息巻く
「具体的にはどうやって?」
山桜桃はきりりと凛々しく背筋を伸ばす。
「我が父、
迷いの無い声である。
「父はそういう人でありますし、私も父を信じております。
力尽くでも吐かせる気だな、とその場の全員が思った。
黒鳶の女は強い。
榠樝は母を思った。
幼い頃は優しい母だとしか思っていなかったが、今になって思い返すと中々に
「という訳で問い
山桜桃は伯父である黒鳶当主
「全て
野茨は一歩下がったところで
「野茨!お前はどうして止めなかった」
狼狽する夕菅に、野茨は平然と言ってのける。
「
「山桜桃!」
「はい」
「私はお前に女東宮の様子を探れと申し付けた筈、何故このように逆の立場になっている?」
山桜桃は半眼になった。
「確かにその様に仰せでしたが承知したとは申しませんでしたわ」
あんぐりと口を開け、間抜けた表情をする夕菅を少し憐れに思う野茨だった。
「さあ。思い当たる節を全て詳らかになさいませ。伯父上でなくとも、亡きお祖父さまが何か企んでいらしたとかそういう話はございませんの?」
胸倉掴んで迫る勢いの山桜桃に、夕菅はすっかり威圧されてしまっている。
「野茨!なんとかせよ!」
悲鳴のような夕菅の叫びに、やれやれ、と野茨はゆっくりと立ち上がり、娘を落ち着かせに動いた。
「山桜桃、そなたも知っての通り、父は不正が嫌いだ」
「存じております」
「たとえ我が亡き父上がその様に申されても反対しただろう」
「で、ございましょうね」
山桜桃は
「そして兄上はこの様に気が小さくて居られる」
「野茨!」
「暫しお黙りください兄上」
夕菅はぐっと言葉に詰まって顔を顰めた。
「王家に楯突く気概は無いと見るがどうだ」
物凄く文句を言いたい夕菅だが、反論はできない。
山桜桃はちらりと夕菅を見遣り、頷く。
「その通りかと存じます」
「であれば、だ。女東宮が何を以て我ら黒鳶を疑われたのかを申せ。そこの誤解を正さねばならぬと父は思う」
山桜桃は少し眉を寄せた。
やはり父の方が一枚上手だ。
暫く考え、山桜桃は夕菅を見、野茨を見、頷いた。
「わかりました。女東宮のお考えをお伝え致します。その上で何か思い当たる節がございましたら包み隠さず
山桜桃は咳払いをし、居住まいを正した。
「前王が殺されたという噂がございます。ご存じですね」
夕菅は肯いた。
「野茨に聞いた。都外で流布しているそうだな」
「女東宮は力を尽くされましたが噂の出所を掴むまでには至りませんでした。そこで考えを反転させ、女東宮の求めるものが何処に在るのかを占うことを思い付かれました」
ほう、と感心したように声を上げる野茨に対し、少し誇らしげな山桜桃。
そう。私のお仕えする方はとても賢くていらっしゃるのだ。
「
流石に野茨が目を
「全てか」
「それはなんともはや」
夕菅も言葉に詰まる。
「ですから、黒鳶の疑いを晴らすべく私が参りました。さあ、何か思い当たる節はございませんか」
夕菅は腕を組み、眉間に皺を寄せ考え込む。
「心当たりなぞ無い。父上が何かしたとも聞いておらぬし……」
「姉上を入内させた我ら黒鳶としては、お二人が仲睦まじかれと願う他は無いと思うのだがな」
野茨も頷き、山桜桃もそれはそうだと肯いた。
そう。黒鳶の一の姫たる
どうあっても王を害するどころか擁護する側なのだ。
自分の首を自分で絞める
「ですが、卜占に出たのです。それが何かを突き止めねば私は女東宮の元へ帰れませぬ」
「うーん……」
「もしや
宇津岐は夕菅の北の方、正妻である。
野茨の台詞に怪訝な顔をする夕菅だが、段々と顔色が変わった。
「ああ!なるほど!」
一人意味を図り兼ねているのが山桜桃だ。
「何があったのです?」
夕菅が照れてれとだらしなく顔を緩める。
「宇津岐は
野茨の補足が入った。
「昔、前王が即位なさる前の、東宮位に在られたころの話だな。まだ常花姉上も入内なさっておらなんだ頃のことだ」
「その頃から私は宇津岐に首っ丈で、一生懸命恋文を送っていたのだが、中々振り向いて貰えなんだのだ」
「はあ」
山桜桃が眉を寄せる。つまり何が言いたいのだ。
「そして私は遂に前王の前で
つい最近、どこぞで聞いたような話だ、と山桜桃は思った。
「東宮さまとの勝負に勝てば、宇津岐を妻にできる、と」
夕菅の心は少年時代に戻っているらしい。
夢見心地で語るには、前王と双六の勝負をしたそうだ。夕菅が勝てたら宇津岐は入内せず、夕菅の妻になると誓約して。
そして夕菅は勝った。
「
図らずも伯父の恋の顛末を聞く羽目になった山桜桃だった。
何とも言えない表情で父の野茨を振り返れば、野茨も野茨で微妙な顔をしている。
その頃はその頃で何かと大変だったらしい。
「とはいえ、それが女東宮のお望みの話だとは思えないのですが」
「しかし他に思い当たる節は無いぞ?」
「我ら黒鳶が王家に逆らった、というか、逆らおうとしたのは確かにその件くらいだと思うが」
夕菅と野茨と首を捻るが、やはり何も思い当たる節は無く。
仕方なく山桜桃は夕菅の若い頃の恋の話を土産に
「はあ、父上が東宮位に在られたころの」
榠樝に
「でも夕菅の叔父上は別に父上に歯向かった訳で無し、結局何だったのかしら、黒鳶にある私の欲するもの」
問うように
「戻って参られたではないですか。欲するものが」
榠樝が首を傾げ、山桜桃を見、そしてああ、と手を叩く。
「山桜桃」
「はい」
きょとんと返事をし、山桜桃は目を瞬く。
「そなたが私の欲しいものだったのよ」
「はあ?」
黒鳶から訪れ、一旦榠樝の元を離れた山桜桃は、また黒鳶から戻って来た。
榠樝の膝元へ。
「黒鳶山桜桃。私の女房。これからも私を支えておくれ」
なるほど、と山桜桃は困惑から決意に表情を変えた。
「末永く、女東宮のお望みのままに」