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飛香舎ひぎょうしゃにて。榠樝かりん菖蒲紫雲英あやめのげんげ朱鷺賢木ときのさかき、そして猫。

奇妙な取り合わせで三人と一匹が顔を合わせている。

「しかしいいのか女東宮にょとうぐう。私とそこの陰陽師おんみょうじと、このように顔を突き合わせ、しかも女房が誰もつかないだなんて」

「それが条件だったから。そうだな、賢木さかき

「はい」

賢木は鷹揚おうように頷いた。態度が大きい。

紫雲英はなんとも言いがたい表情で賢木を見つめる。

「そしていつの間に猫を?」

「この前。急に現れてな。しかも私の吉になるそうだ」

紫雲英は不審そうに猫を突く。にゃぁん、と抗議の声があがった。

万寿麿まんじゅまろと名付けた」

「良き名と存じます」

「だろう」

ふふんと得意げな榠樝を見、賢木を見、紫雲英は小さく溜息をく。

榠樝が素で話して居ない。杜鵑花さつきよりは信用していないということか。

まあ、自分が気を付けていればいいだろう。堅香子かたかご山桜桃ゆすらもきっと自分を信用してこの場を預けたのだ。

気合を入れ直す紫雲英を見透かすように賢木は視線を遣り、占いの道具を差し出した。

式盤しきばんといいます。これで紫雲英どのを占わせて頂きます」

思ってもみなかったことを言われ、紫雲英は思わず狼狽うろたえた。

「私か?女東宮ではなく?」

榠樝がしまった、と顔をしかめる。

「説明を忘れていた。すまない。私自身はもう占って貰ったのだ。その結果、そなたの占いが必要になってな」

榠樝の探し求めるものが六家に在る。

「だが、詳細まではわからん。それゆえまずは紫雲英に菖蒲への端緒たんしょになってもらいたいと思っている」

紫雲英が目をき、そしてやれやれといった表情に落ち着いた。

「前以て言っておかなかったのは私が固辞すると思ったのだろうか」

榠樝は苦い顔をする。

「いや、そうではなく、紫雲英なら聞いてくれると思っていたが、つまりその、単純に伝えるのを忘れていたというか、言ったつもりになっていたというか……。すまぬ」

「お気に病まぬよう。で、だ。何を占う?」

紫雲英は賢木を真っ直ぐに見据える。

ひるむ様子もなく、賢木もまた真っ直ぐに紫雲英を見た。

お互い退かずにバチバチと火花が散りそうだなと榠樝は思った。

「まずは、紫雲英どのに女東宮の欲するものに近付いてもらわねばなりません」

「欲しいもの」

紫雲英の視線を受け、榠樝が頷く。

「何かはわからない。けれど私が必要とするものだ」

そういえば詳細は何も伝えていなかったと思い、榠樝は紫雲英に向き直る。

「最初は亡き父上の死の真相に迫りたいと思った。南の大宰府へ行く道々、左大将が妙な噂を耳にした。前王さきのおうは殺されたのだという噂だ」

紫雲英の目が限界まで見開かれた。零れ落ちそうだ。

絶句してしまった紫雲英に榠樝は言葉を選びながら続ける。

「何故か、都から離れる程多い。実際都ではほとんど流れていないそうだ。その出所を探りたかったが、手掛かりが少なくてな。賢木にも占えぬという」

「はい」

万寿麿を撫でながら、賢木が鷹揚と頷く。

「そこで私の求めるものが何処いずこに在るのかを占うことにした。逆から辿ろうということだな。その結果、六家全てに何事かあると出た」

紫雲英の口がぱかりと開いた。

まあ、そうなるだろうな、と榠樝は思って構わず言葉を続ける。

「そして六家全てに何事かあるとわかっても、取っ掛かりが無い。それでまずはそなたを起点にしようと思って来てもらった訳だ。説明不足で悪かった。何度も考えていたから伝えたと思い込んでいた。すまぬ」

紫雲英は口を閉じ、顔を覆い、暫く沈黙した後に指の隙間から榠樝を見た。

何も言わない、というよりは言えないのだろう。

暫くそのまま見つめ合う。

二進にっち三進さっちもいかない二人に業を煮やしてか、賢木が口を挟んだ。

「私が進言致しました。女東宮に一番近しい紫雲英どのからにすべきだと」

紫雲英はまた動揺した。

「貴方は、私を一番近しく思っていると」

「そうだな。六家の中ではそなたが一番だろう」

あっさりと肯定した榠樝に紫雲英は絶句し、固まった。

「……………」

意思の疎通に齟齬そごがあるな、と賢木は思ったが指摘はしない。

何故ならその方が面白いことになりそうだからだ。

紫雲英は暫し沈黙し、腹を決めたようだ。

「私はまず、どうすればいい」

決意の籠った言葉に、賢木はとても軽く言葉を返す。

「別に何も。そこに座っていてくだされば宜しい」

「え、そうなのか?」

紫雲英が拍子抜けした顔をした。

榠樝が意外そうに眼を瞬き、賢木は軽く頷いて見せる。

「そこに居る、というのが何よりも大切なのです。特に気合は入れなくて宜しい。ただ黙って座って……。そう、女東宮のことを考えてください」

紫雲英と榠樝が顔を見合わせる。

「その方が卜占ぼくせんの精度が上がるので」

「そういうものなのか」

「そういうものなのです」

よくわからない榠樝と紫雲英は揃って同じ角度に首を傾げて。

賢木はこっそりと笑った。




何やら卜占を進めているのだろう賢木の動きを観察しながら、榠樝は漠然と思いを巡らせた。

私の求めるものとは、一体何なのだろう。

何が待ち受けているのだろう。

知りたいことなら山とある。父の死の真相。噂の出所。

そしてそれに関わるらしき六家が持つ何か。

早く知りたい。

そして同じくらい、知るのが怖い。


なぁん。

万寿麿が腹を見せて転がった。

そっと撫でてやりながら、榠樝はまた考えに没頭する。

なぁん。

心ここにあらずといった榠樝を不満に思ってか、万寿麿は榠樝の手を抱えて甘噛みする。

「こら、痛いぞ」

あむあむと一生懸命に手を噛む万寿麿に、榠樝は少し笑った。


ふと目を上げると紫雲英と視線が合った。

紫雲英の真っ直ぐな視線を受け、榠樝もまた真っ直ぐに見つめ返す。

お互い見つめ合ったまま動かない。動けない。

そして。

にゃあぉう。

万寿麿が不機嫌そうに鳴いたことでまた時間が動き出す。

静かな飛香舎に、万寿麿の鳴き声と、式盤がカタカタと動く音だけが響いている。


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