白い狩衣に
「お召しにより参上致しました。
「占って欲しいことがある」
「我が師
「だと思って私も色々考えたのだ。父上は殺されたのだ、という噂の出所を占うのは無理だろうことも聞いた。そこでだ」
榠樝は自身の胸を指す。
「そなたには私を占って貰いたい」
賢木は一瞬眉を寄せ、けれどにやりと笑ってみせる。
「なるほど。考えましたね」
「無礼者!口のきき方を、」
「よい」
賢木の横柄な態度に堅香子が激昂し、けれど榠樝は押し止める。
「私の狙いがわかったか」
にこやかな榠樝に賢木は不敵に笑った。
「噂の出所がわからないなら、女東宮の探し物を占えばいい、ということでしょう」
「そういうことだ。とはいえいずれ行き当たるのを悠長に待ってはいられないからな。早速頼む。出た所、片っ端から潰して行こうと思う」
「御意」
賢木は綺麗に礼を取った。
「では早速ですが場を設えます、というか、色々準備がありますので一両日ほどお待ちください。時間は多少前後するでしょうけど、それほどお待たせは致しません」
「うむ」
賢木が占いの結果を持って飛香舎の庭先に来たのはそれから二日後。
「女東宮に申し上げます」
「うむ」
賢木は結果を
堅香子が受け取って榠樝に渡し、榠樝は無造作にそれを開いて。
眉を寄せた。
「賢木」
「はい」
「これは一体どういうことだ」
「ご覧になられた通りでございます」
榠樝は頭を抱えた。
「よりにもよって六家全部か。全部が全部、私の探すものがあるというのか」
「御意」
「うわー」
榠樝は呻いて階に突っ伏した。山桜桃が慌てて支える。
「お気を確かに!」
「大丈夫。気絶したいがしてる場合じゃない。大丈夫。ちょっと遠くの景色が見えただけ」
賢木は面白そうににこにこしている。
「楽しそうだな、賢木」
「はい。とても面白い結果でしたので」
「無礼者」
堅香子に叱責され、けれど賢木は眉一つ動かさない。
陰陽師としての能力だけではなく、胆力も相当ありそうだ。
榠樝はちら、と山桜桃と堅香子を窺う。
視線に気付いた二人が顔を見合わせると、榠樝はにこりと笑った。
「賢木よ、もっと面白いものを見たいとは思わないか」
「面白いかどうかは私が決めます」
賢木の無礼に
「ははは、そうか。私からしたら面白いと思うのだがな。六家の
賢木が唇の端を持ち上げる。
「事細かにひとつずつ、更に占えと?まずはどの家の
「そなた、話が早くて助かるな」
「畏れ入ります」
賢木は臆せず榠樝を見上げ、言う。
「現在女東宮に近しい方から占っていくのが良いでしょう。差し当たって
榠樝と堅香子と山桜桃、三人が三人揃って微妙な顔をする。
「紫雲英どのが現在女東宮に一番近しいと占いに出ましたの?」
堅香子の問いに賢木はつんと視線だけを寄越してみせた。
「そう申し上げたつもりだが」
「無礼な上に生意気ですわ貴方!」
「堅香子どの落ち着きなさい」
「ですが山桜桃どの!」
賢木はこれ見よがしに溜め息を吐いた。
「女東宮、雑音が多過ぎます。これから私を呼ぶ際はお人払いを願いたい」
「できるわけございませんでしょ!」
「だから落ち着きなさい堅香子どの」
堅香子と山桜桃を尻目に、榠樝は真っ直ぐ賢木を見る。
賢木も物怖じせず真っ直ぐに榠樝を見据えた。
暫く見つめ合って、にゃぁんという声でそれは中断される。
「猫」
先日来飛香舎で飼っている。
先程まで寝ていたが堅香子の大声で目を覚ましたか。
賢木がなるほど、と頷いた。
何がなるほどなのか、榠樝にも堅香子にも山桜桃にもわからない。
「それをお傍に。目付け役です。私が悪さをせぬように見張らせて置くと宜しいかと」
三人が一斉に猫に注目し、猫は動じずに耳を掻いている。
「一応聞くが、これは猫であって式神とかそういうものではないのだな?」
榠樝の言葉に何言ってんだこの人、という表情を一切隠しもせず賢木は頷く。
「猫ですね」
榠樝はもう一度猫を見た。
「……猫だな」
「猫ですわね」
「猫ですわ」
賢木が適当な口調で助言する。
「女東宮の吉となる存在です。大事になさると宜しい」
堅香子と山桜桃が顔色を変える。
「それを早く申しなさいな!」
「扱いをどう致しましょう。お名前など決めた方が宜しいのでしょうか」
「いや、その辺は適当で大丈夫です」
「よくわからない陰陽師ですわね。もっとわかり易く
賢木が莫迦にした表情で堅香子を見、堅香子がまた眉を吊り上げた。
堅香子の意識を逸らそうとか、榠樝が思い付いたように口にした。
「名付けに良い音とかあるのだろうか」
「特には。女東宮が気に入った響きが一番宜しい。お好きに名付けなさいませ」
「そう言われると却って難しいな」
「名を決めておいた方が吉が強くなります」
「ううむ、なるべく早く考える」
「そうなさいませ。では菖蒲紫雲英どのの占いに移って宜しいでしょうか」
「早速か。有り難いが無理はせぬように」
賢木は意外そうに眼を瞬いて、頭を垂れた。
「御意」
榠樝は猫を抱き上げ、喉を掻いてやる。気持ちよさそうだ。
「では次はそなたと私と猫のみで」
賢木がにこりと唇だけで笑う。
「宜しくお願い申し上げます」