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第64話 空に徴(しるし)を見よ

 ラウラと入れ替わりに、ハメット大尉からの通信が入った。


〈単刀直入に失礼するぞ。トレンチャーの降下部隊指揮官、ハメットだ……! ん? おい、待てよ……お前さんまさか民間人か? なんでそんなところにいる?〉


「えっ、わ、私は……」


 どうしよう。クロエは言葉に詰まった。こういう相手とどう話していいか分からない。それに自分の立場は――


(うーん。大企業のCEOの娘が金に飽かせた道楽でフリゲート艦をチャーターして、とか思われたくないなあ……)


 思われたくないも何も、見える形としてはそれが事実なのだが心情としては違うのだ。

 まごまごしていると、横合いからリチャードが割りこんできて、カメラの視界を独占した。気密服のヘルメットは防眩シールドをオンにしていて、真っ黒だ。


「ああ、済まない大尉。この人は我々の現在の雇い主でね、この若さだが銀河史のいくつかのトピックについて広範な研究をしてるんです。とはいえうちは人手が足りないもんで、降下艇の操縦までお願いしてる始末なんですよ。いや、お恥ずかしい」


〈そ、そうか〉 


 立て板に水でまくしたてるリチャードに、ハメットは少々困惑した様子だった。


〈まあ、仕事ができるなら何でもいいか……とにかく、我々はあの島へ降りる。目標地点は、ここだ〉


 ハメットは自分の映像と入れ替わりに、ホークビルの通信機モニターに一枚の地図を表示させた。航空写真をもとにやや抽象化された、模式的だが実際の地形に即したものだ。


〈この地図に引いたグリッドを基準にすると、D列の17番だ。ここに小さな農場がある〉


「何か重要な施設でも?」


〈いや。だが、通信士の報告によれば、周期的にいくつかの周波数を移動しながら、救難信号を発信し続けてる。つまり――生存者がいる可能性が高いと考えられる。この辺りではここだけだ〉


「なるほど。そりゃ悪くない目標だ……」


 リチャードは大きくうなずいて感心してみせた。


〈こちらで先導する。ホークビルは我々の後方、やや上を飛んでくれ。お嬢さん、着陸は慎重にな〉


 降下艇の編隊は一機を残して進路を変え、クロエたちの向かう島とは別の地点へと飛び去って行く。それから二十分ほどで、ホークビルは島の上空へと進入した。


 低木の茂みと草原、それに岩肌をむき出しにした丘陵が続く地形が明瞭になってくる。地図の上では平坦に見えても、実際にはなかなか険しい印象だ。


「見えたわ……あの周囲をフェンスで囲われた緑地が、その農場ね」


 その場所は、クロエになにか奇妙な印象を与えた。周囲でなにか、動くものが多数ある――ディアトリウマだ!


「大変! あの鳥に、囲まれて……!」


 言いかけてさらに奇妙なことに気付いた。ディアトリウマがいるのは外側だけではなかったのだ。柵の内側にも、少なくとも二十頭を超える恐鳥がいる。クロエは索敵用カメラを農場へ向け、倍率を上げた。


 どうやら、何人かの人間が必死に、柵内のディアトリウマを奥の禽舎へ入れようとしているようだ。だが柵の内側の鳥たちもひどく興奮している。

 人に危害こそ加えていないが、まるで制御できてはいなかった。


「ハメット大尉……! 農園の様子、見えています? おかしいです、これって――」


〈……そうだな。周囲のは明らかに、報告にあった通りの暴走状態にあるようだが……なるほど、そうか!〉


 ハメット大尉はその様子を見て、何かに気付いたようだった。


〈よし、こちらは隊員を降下させる。そちらは空中から援護を。あと、可能なら農場の連中に呼びかけてくれ。民間用の無線通信帯域をしばらく探れば拾えるはずだ〉


「了解です……あの、これは」


〈賭けてもいいが、恐らくこの農場の鳥は、凶暴化の原因になった何かに触れていないんだ。原因究明の重要な手掛かりになる〉


 そう請け合う大尉には、どうやら確信があるらしかった。

 空中三十メートルほどの高度でホバリングしたDT-37降下艇から、バイオレットグレーに塗られた「バンコ」が五機一組のフォーメーションを組んで降りていく。


 彼らは着地したところでかがみ込んだ射撃体勢に入り、柵の外で走り回るディアトリウマを撃ち始めた。



  * * * * *



 「ハメッツ・ヴァイキング」に続く形で、カンジたちも地表に降りた。

 「ヴァイキング1」の降下部隊は素晴らしく練度が高く、柵の内側への誤射を避けながら的確に外のディアトリウマを処理していく。援護を、などと言われたが、艇に残るクロエにも、地上のカンジたちにも、「ハメッツ・ヴァイキング」に対してできる援護など、さほどなさそうだったが――


 最初に気付いたのはクロエだった。彼女はホークビルをゆっくりと旋回させながら周囲360度を監視していたが、そのカメラの視界に動くものが映ったのだ。

 いま農場の周りにひしめいているのとさほど変わらない数の、凶暴化したディアトリウマが近くまで迫っていた。 


「カンジさん! リチャードさん! 新手です、南の農道から鳥が三十頭くらい!」


〈おおっと!?〉


 位置的に、カンジたち二人が最初に接触する形だ。だが、クロエがホークビルを低空飛行でそちらへ突出させる。キャビン両脇にある突出部バルジに内蔵された、二門の12.5mm重機関銃が空中から鉄の雨を降らせた。

 だが効果が薄い。クロエは射撃については全くの素人だし、地表へ向かって突っ込んだつもりでも、まだ機銃の射程としては遠めだ。撃つのが早すぎた。


〈クロエ、無茶はするな!〉


 カンジが手近のディアトリウマにマチェットの刃を叩き込みながら叫んだ。


〈銃撃はいい、誤射の可能性がある〉


「分かりました――」


〈お嬢さん、農場側と連絡はとれたか?〉


 ハメッツからの催促。クロエは「ああっ」と叫んで首を振った。


「ま、まだです……」


〈そうか。何とかならないか? 連中、どうも通信の試みを放り出してるらしい。だもんで、俺たちを見てパニックになってる――ああ、クソ、撃ってきやがった!〉


 ――たく! そんな豆鉄砲で『バンコ』の装甲に傷一つつけられやしないだろうが!


 ハメットがマイクを口から離して怒鳴っている声が聞こえてきた。


「うわあ」


 クロエは頭を抱えて――そこでラウラの存在を思い出した。「何かあったら」というなら、今がその時だろう。


「ラウラ、応答して! ここの農場の人たちに、援軍が来たんだって知らせたいんだけど……!」


 ラウラは待ち構えていたらしく、すぐに返信があった。


〈OK。と言っても、拡声器でアナウンスできるような距離ではないしね、まだ……〉


 慣性制御を行える現行の宇宙艦艇であれば、大気圏内にかかるような低軌道にいても見かけ上の静止状態を保つことはできる。ただし、そのためにかかる負荷は相当なものだ。

 船の機関出力や慣性制御の能力に比例して、取れる高度には限界がある。

 クレイヴンの現在の高度は七千メートルほど。かなりの高性能と言えるが、地表に対して通信以外での意思表示を行うにはまだだいぶ遠い――


〈だから、こうしましょうか〉


 ラウラの声から数秒後。空の一角に、クレイブンの巨大な幻影が現れる。農場の住人達がぎょっとしたように空を見上げ、呆けたようになった。



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