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第63話 克服と気遣い

  * * * * *


 医療ユニットに運ばれて数時間後。カンジが目を覚ますと、カスミがそばに座ってのぞき込んでいた。


「あ、フルソマ店長。起きたんですね……」


「なんで」


 なんであんたがここで俺を見てる――そう言いかけて、面倒くさくなって言葉を切った。


「クロエさんとリチャードさんは格納庫に詰めてます。さっき届いたパワードスーツ――『バンコ』とかいう機種なんですけどそれの調整をするとかで」


「そうか……」


 カンジは苦々しい思いで呻いた。寝ている間に、二人に随分負担をかけているようだ。


「……艦長は?」


「ラウラさんは船全体の自己診断チェックですね、大気圏の途中まで下りて降下部隊をサポート、ってことで、特に念入りにしたいとか」


「そうか。みんな自分の役割を果たしている……俺も寝てられないな」


 肘を張って体を起こす。


「良かった、自分で立て直せたみたいですね……駄目ならちょっと、話そうと思ってたことありましたけど」


 思わせぶりな物言いに、カンジは改めてカスミに注意を向けた。


「聞いておこうか?」


「イヤですよ、そんな身構えられてもこっちが恥ずかしいです……まあ、私は今回は大人しくしておきます。でもその分、終わったら一部始終の顛末を記事にさせてくださいね」


「……ほんっとに厚かましくて厄介だな、あんたは。まあいい……俺は格納庫へ行く」


「あ、転ばないように気をつけてください」


 カスミを部屋に残したまま、オートドアをくぐって通路に出る。一歩踏み出したとたんにふらっとよろけかけて、カスミの忠告が単なる軽口でないことが理解できた。あの噴霧式の睡眠薬は即効性なだけに、体にも相応の影響が出るらしい。


 クレイヴンの格納庫には、グリルランナーよりひと回り大きい全高五メートルほどの機体が二機、装備品や予備パーツと共に運び込まれていた。

 見慣れたものに比べるとややスリムなシルエット、装甲は関節周辺などを効率的にガードするため集中的に厚みが加えられ、実弾兵器と近接武器に対応すべく曲面主体の形状にまとめられている。


「こいつが『バンコ』か……」


「おう、起きたかカンジ。組み立てと基本的な立ち上げは終わってるぞ」


「そうか。すまん、お前に丸投げしてしまったな」


「気にするなよ。だがお前、大丈夫なのか……?」


 カンジは軽く目を閉じて、自分の内側を見回す心持ちにつとめた――さて、自分は平静を取り戻せているのか? 地表したに降りて馴染みのない降下部隊と協働し、ディアトリウマをえんえんと狩り続けるだけの気力はあるか?


「……うん、大丈夫だ。やれる」


 どのみち状況はその方向で進んでいる。やるしかないのだ。

 カンジの返事を聞いて、リチャードが検電器と各種工具の入ったケース、それにスーツのシステムへのアクセスに使う、大画面型の端末を手渡してきた。


「じゃあ始めるか……作戦開始時間は十五時間後。現地時間で朝六時の開始になる。時計合わせもやっておけよ」


 カンジをも加わって作業が再開した。カンジたちにとっては初めて扱う機体だが、だいたいのところは従軍中に触った同じジェネレーション08の「ガッフ」と変わらない。


「フレーム剛性がグリルランナーの十パーセント増しくらい、装甲は均質圧延鋼板に換算して五十パーセント増し……えらく跳ね上がったな」


 カタログデータを流し見て、カンジが唸る。


「それだが、このロットから何か新素材を使ってるらしい」


「悪くない。これなら、クソひよこ共の蹴りにもかなり耐えられるか……武装はどうする?」


「……がいるんだ、誤射は避けたい。射撃はバラ撒きよりも確実な一発を狙おう」


「ふむ」


 リチャードが手持ち火器装備の一覧を目で追った。


「フレシェット・ガンがあるな。射程は長くないが、あれなら威力も申し分ない」


 直径10mm、長さは15cmに及ぶタングステン鋼のニードルを、火薬や電磁コイルで射出する、水中でも使用可能な携行火器だ。弾体の重量があるため運動エネルギーも大きなものになる。近距離から体幹部を狙えば、十分に有効打を与えられるだろう。


「うん、悪くないな。近接武器はどうする?」


「この『バンコ』にも、腕部にこの間使ったのと似たような、折り畳み式ブレードが内蔵されてるが……もう少しリーチのある奴も欲しいかな」


「なら、アックスマチェットだな……」


 リストには刃渡りが150cmほどの重合金マチェットが、ちょうど二本記載されていた。


「これにしよう」


 カンジたちはコンテナから運び出したマチェットとフレシェット・ガンを、バンコの背部に設けられた武器ラックにセット。コクピットでの登録確認を行った。そのあと機体に接続したシミュレーターを起動して、各自の反応速度や操縦の細かな癖に機体のチューニングを合わせていく。


 思いつく限りの準備を済ませると、作戦開始までは八時間の猶予が残っていた。彼らはその時間を念入りに休養にあてた――



  * * * * *



 惑星を包む大気の層が、主星の光を受けて青みがかった真珠色に輝く中。

 キーロウ03の低軌道、昼の側へと進入したクレイヴンが、艦底後部のハッチを開いた。


「いいわよ、ラウラ…! いつでも切り離して」


〈いつでも、とはいかないでしょ。『トレンチャー』の部隊とちゃんと合流できるタイミングで出ないとね〉


 気が逸って肝心なことを忘れかけるクロエに、ラウラが年長者らしくたしなめた。


「は、はぁい……」


〈張り切るのは分かるけどね……カンジさんたちを任せたわよ〉


 ――投下二十秒前、カウントダウン開始。19……18……


 クロエとの私信と同時進行でラウラはカンジたちに作戦開始のシーケンスを実況していた。スピーカーから流れるのは、彼女の肉声とほぼ同じ波形の合成音声だ。


 ――……0! ホークビル、投下!


 降下艇の機体を固定するビンディングが開放されると、慣性制御装置の作動に伴って、ホークビルはクレイヴンの運動系から離脱した。

 クレイヴンはわずかに加速して、より半径の大きな軌道へと遷移していく。


 ホークビルは減速し、徐々に高度を下げ始めた。ほぼ同じ軌道を取って三秒分ほど後ろを回るトレンチャーからはホークビルより二回りほど大型の降下艇、DT-37型が三機分離したところだった。


 キーロウ03を周回しつつ、さらに降下。大気の厚みで薄青くベールがかかっていた地上の風景が、次第に鮮やかな色合いを帯びてくる。


(人口密集地の数がそんなにないし、規模も小さい……)


 クロエは眼下の風景に目を凝らして、しばし戸惑った。これは、どこに降りれば良いのだろうか? そこへ、ラウラからの通信が入った。


〈こちらクレイヴン。クロエ? ハメット大尉から指示が入っているわ〉


「あっ……待ってたかも! 私たちはどこへ向かえば?」


〈ホークビルはあっちの降下艇一番機、『ヴァイキング1』に搭乗の部隊と共に、北半球の大陸東岸にある、大きな島へ向かって。座標を送るわ〉


 あらかじめデータを受け取っていた地図の上に、目標地点がマーキングされた。


「『小マダガスカル』……ここね?」


 そこは、大陸から二十キロほど離れた洋上にある、比較的平坦に見える地形を持った島だった。気候は温暖、全域に様々な規模のディアトリウマ農場が点在している。その数は、およそ三十ほどだ。


〈そこよ。私たちは対地速度を合わせて周回しているわ。何かあったらすぐに連絡を〉


「了解……!」



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