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第62話 燃え落ちた農場

 運搬車は慎重に構内を回って、スロープ最下部からいくらか後方へ下がった開始位置についた。燃料電池はすでにしばらく前から稼働を開始し、バッテリーには充分な電気が蓄えられている。

 そのパワーがモーターの回転となってギアに伝えられ、幅広のタイヤを高トルクで駆動させるのだ。


「ではいくぜ。ランドマスター、発進だ!」


 急発進に近いスピードで「ランドマスター」が前に出た。サンタンヘルはアクセルベタ踏みで急発進をかけ、数秒後にタイヤがスロープに乗り上げた。ここからが本番だ。


 ギヤが再び低速に入り、トルクを保ったまま車が坂を上っていく。


 ――いいぞ! そのままバリケードを越えろ!


 ハディントンが叫ぶ声が車内まで届いた。同時に、なにかバキバキと何か不吉な音が、車の下から響き始めている――後方で、灰色の土煙が薄く上がった。


「何だ!?」


「まずい、崩れてる!!」


 スロープの強度が微妙に足りなかったらしい。ヒュウたちからは全貌を把握しようがなかったが、実のところランドマスターの荷重が加わった部分はセメントにひびが入って少しづつ脱落し、足場部材の金属パイプが変形して微妙にへしゃげ、部分ごとにばらばらな方向へと傾き始めていた。


 ――そのまま行け! アクセル緩めるな!


 ハディントンの急迫した声が追いかけてくる。サンタンヘルはもとよりそのつもりだった。スロープがバリケード上辺の高さに達した後、空中へ飛び出すまでの距離は五メートルもない。十分な速度がつかなければ、車は車体前部を下にして、地面に激突することになるだろう。


 踏み板が傾きだしたのか車体がわずかに右へ流れる。ハンドルを操って懸命に引き戻しながら、サンタンヘルはベタ踏みのアクセルをさらに床まで突き通す勢いで踏み込んだ。


「GO―!!」


 サスペンションを通じて身体に伝わってきていた、踏み板の凹凸の感触が消えうせる。胃袋が持ち上がるような浮遊感。


「衝撃に備えろ!」


 ハーキムが叫んだ。ヒュウはとっさに、座席の上に足を持ち上げて体を丸めた。

 サンタンヘルにいたっては両手両足をハンドルとペダルにかけていて、恐らくそれさえも叶わない。


「ーーーーッ!!」


 次の瞬間。着地と同時に尻から脳天まで、突き上げるような衝撃が彼らを襲った。


「ぐはっ――!」


 サスペンションの衝撃吸収機構ショックアブソーバーが働いてなお、体がバラバラになったような苦痛。


 数秒間言葉を失った後、彼らはどうにか自分が五体満足であることを確かめて、もぞもぞと元の姿勢に戻り始めた。


「……やっぱり貧乏くじだ、こりゃあ」


「ぼやいてる暇はないぞ……あれを見ろ」


 ハーキムが叱咤する。そう言われてヒュウは窓の外を窺った。周囲のプレハブ倉庫やダストボックスなどの物陰から、あの巨鳥がのっそりと姿を現して、遠巻きに近づいてくるのが見える。


「く、くそッ……もう勘づきやがった!」


 サンタンヘルがアクセルを踏みこむ。だがモーターがうなりを上げるのと裏腹に、車はその場に根が生えたように動かない。


「おい、まさか故障か!? ドライブシャフトでも折れたんじゃ……」


「いや、いや……こいつはそんなヤワな造りじゃなかったはずだが……」


 あちこちを探りまわって、やっとサンタンヘルは原因に気付いた。


「クラッチだ。さっきのショックで、クラッチが切れてた!」


「クラッチ? 燃料電池駆動の車にか?」


 ボリスが疑わしげに訊き返した。電気自動車なら変速機は要らないと聞きかじったことがある。


「不整地や山道を通って配達に行くこともあるし、だいたい長距離だ……変速機かましたほうが持ちがいいんだよ。そういう設計なんだ、こいつは!」


 ――バシッ


 サンタンヘルの声に合わせたかのように、サイドウィンドウの強化アクリル板にひびが走った。真っ先に近づいてきた一羽が、鋭いくちばしを一打ち突き入れたのだ。


「わああああ!」


「は、早く繋げ! 早く!!」


 サンタンヘルが慌てふためいてペダルとレバーをガタガタと動かす。エンジンの辺りで不穏な音がしたと同時に、唐突にランドマスターが前方へ飛び出した。


「動いたあああ!!」


「いけえええええ!!」


 先の個体に続いて近くへ迫ってきていた一羽が、ドスンという重い響きと共にボンネットに乗り上げ、そのままルーフの上を後方へ跳ね転がっていく。

 整備が遅れた農園地帯の悪路に車体を跳ね上げられては叩きつけられ、そのたびに土煙と砂礫をまき散らしながら、ランドマスターは鳥の群を突っ切って、小マダガスカルの丘陵地帯を突っ走った。


 やがて前方に、小さな農場が姿を現した。その周囲には鳥の姿は見当たらなかったが、柵の中にある建物のいくつかが崩れ、すすを被ったように黒ずんでいて、辺りにはまだ何かの焼け焦げた匂いが漂っていた。



  * * * * *



「クソ……来るんじゃなかった……」


 燃え落ちた農場の敷地には、あちこちにぞっとするようなものが横たわっていた。食い破られたようになってどす黒く汚れた、何かの塊。そこに付着した、綿生地コットンの青いシャツだったらしい破片から目をそらしながら、ヒュウは呆然とつぶやいた。


「そうは言っても、やらんわけにはな。ヒュウ、お前はそっちの倉庫を探ってくれ。俺は母屋おもやを当たる」


 ボーマンがいかにもタフぶって指示を飛ばしたが、彼の目じりと鼻孔はねばっこい液体で濡れて、てかてかと光っている。カワムラは物陰で、声を上げてえづいているようだ。


 ヒュウはサブマシンガンを前方へ突き出し、前かがみの姿勢で倉庫へ踏み込む。ここにあるとすれば保存のきくもの。袋詰めの粉末やレトルト品、加熱殺菌済みの飲料といったところだろうか。冷凍品や生鮮品は、あるとしても母屋だ。


「そっちはボーマンに任せるさ……」


 暗がりで足先が何か重く硬いものにぶつかり、情けない悲鳴を上げる。ひとしきり痛みに耐えた後、足元の物体を確かめた。木箱に詰められたボール紙の大きな箱がざっと一ダース。


「クソ、あの鳥の餌じゃないか!」


 餌までが俺に苦痛をおっ被せてきやがる――忌々しい気持ちで木箱を離れ、別の一角へ。

 こっちは人間用らしく、小麦粉かなにかが茶色の丈夫な紙に包まれて積みあげられていた。ひとつ十キログラム。倉庫の中を見回して猫車を引っ張り出し、三袋ほど積みあげて運搬車へと運んだ。


 およそ一時間ほどで、ヒュウたちはこの農場から使えそうなものだけをなんとかかき集めた。母屋には塩と、いくらかの乾燥野菜があったようだ。それと瓶詰のジャム。

 ヒュウの小麦粉は最大の収穫だったが、運搬車の積載にも限界があり、全部持ち出すわけにもいかない。


「生存者は、なしか……」


 無線機は火災で電源ケーブルが燃え落ちていた。持ち帰れば修理できるだろうが、今は使えない。


「ここはこんなもんだろう……次だ、次へ行くぞ」


 ヒュウたちは作業を急いだ。時間をかけると、音を聞きつけて鳥たちが集まってくる可能性があるのだ。奴らは耳がいい。

 めぼしいものを積み込み終えて、さらに西へ。


「この先に、もう一つ農場がある……ミナガワって男がやってる、新興のまだ小さな農場だが――」

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