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第61話 「くじ運のいい」男たち

「くじは作ってある。この箱に手を突っ込んで、中にある三角形の紙きれを一つ取ってくれ」


 ハーキムが紙片を一つ取って見本を示した。正方形をしたメモ用紙パッドの紙を折って、三角形のくじが作られている。

 それがドラッグストアの店内に陳列されていた、事務用品コーナーの商品が姿を変えたものだと、ヒュウは気づいた。


「……こういうの、昔やったぜ。子供の頃だが、週末なんかに近所のモールでしょっぱい景品を並べててな。店での買い上げ額に応じてくじ引き券をもらうんだ」


 ボーマンが押し殺した笑いを漏らしながら、一枚を握って箱から手を抜いた。その場で開いて見せたくじには、黒いマジックペンで丸が描かれている。


「当たりだ……! はは、できれば自転車が欲しかったな」


(ボーマンのやつ、強がるじゃないか……本当にタフなのかもしれないが) 


 続いてヒュウがくじを引く。これも見事に当たりだった。


「……俺の生まれたとこじゃ、そんな楽しそうな催しはなかったよ。景品なら、商品券に限ると思うが」


「またお前とか。よっしゃ、よろしく頼むぜ」


 ボーマンはいっそ楽しそうにヒュウの背中をどやしつけた。バリケードを出て車で決死行に向かう、というアイデアが相当お気に召したらしい。


 選抜されたのはヒュウとボーマンの他に、牧童のカワムラと植物学者のハーキム、それにDIYストアホームセンターの配達員サンタンヘル、という五人だった。


「この中で車の運転ができるやつは誰と誰だ? サンタンヘルは確実として……おいヒュウ、おまえ運転は?」


 ボーマンの質問に、ヒュウは首を横に振った。


「俺はダメだ……ステーションでそんな機会はなかったし、あったとしてもこんな不整地は未経験さ。歩いたこともな」


「転がすだけなら大した腕はいらないんだが……それだと車をひっくり返しそうだな。他には?」


 ハーキムがゆっくりと手を挙げた。


「私がいくらか心得がある。野外の調査に行くときには、車も使うからな」


「よし分かった。じゃあ、クソ鳥どもに遭った時は、あんたら二人の安全を優先する。カワムラもいいな?」


「しょうがねえ。俺も運転はダメだ」


 目標を達成して生き延びるためには、そういうことにならざるを得ない。ボーマンはそれをしっかり把握していたし、ヒュウもカワムラもそこは飲み込んだ。


 翌朝から、男たちは大掛かりな作業を開始した。

 倉庫から外壁の塗り替えに使う足場の鉄骨や踏板、コンクリート製の雨水マスや、仮設テント用の合成繊維ロープなどを洗いざらい、バリケードに面した駐車場の一角に引っ張り出してきて積みあげる。


 倉庫業務用のフォークリフトやパワーアシストスーツ、小型のショベルカーなどを駆使してそれらを組み上げていく。次第に姿を現していく構造物は、どこか冬季スポーツのスキージャンプ台を思わせた――ただし、ジャンプ台とは逆に下から上へ駆けあがる形。


「そこ、もっと固く括りつけてくれ! 崩れたらおじゃんだぞ、使える車は一台しかないんだからな」


 ハディントンが陣頭に立って指揮を執る。彼は素人ながら建築学を少々齧っていて、こうした構造物の組み上げ方もある程度指導できるらしい。しかし、形が出来上がるにつれてヒュウは少し不安になった。


 ――なんで、この「ジャンプ台」はバリケードのところから先がないんだ?


 その疑問をぶつけると、ハディントンは「作業時間が減るが、仕方ないか」と言いつつ渋々教えてくれた。


 そもそもこのDIYストアを囲むバリケードには、ゲートを作っていない。

 外からくるのはもうあの恐鳥ばかりで、新たな避難者を受け入れることもあるまい、というあきらめの気持ちが半分。開閉している間に鳥に押し入られたら終わり、という恐怖が半分。

 店の周りにはただ、高さ三メートルを超える壁が切れ目なく巡らされている。そういう風に作った。

 いま作っている「ジャンプ台」はこれを車で越える為の工夫なのだ。


 作業は時々、突発的な変更や修正を加えることもあった。


「これじゃダメだ、勾配がきつすぎる。スロープ部分の底辺を十メートル延ばせないか? あの車の登坂力はせいぜい傾斜角十五度までだ」


「資材がちょっと足りない……セメントで何とかならんかな?」


 サンタンヘルとハーキムの見識を頼りつつも、スロープの作成は試行錯誤を繰り返しながら一進一退を繰り返し――それでもどうにか、四日目で形になった。



「出来たか……」


「何とかなったなあ。だが、まさかこれからすぐ出るとか、そういうことにはならないよな?」


 無理に重量物を運び続けてどこか傷めたらしく、ボーマンが一歩前に出ようとしてビクンと体を震わせた。すでに時間の余裕はあまりない。


「明日にしよう……セメントは比較的速乾性のやつだが、それでもきっちり固まるまでは間がある。今夜は休んでおけよ、ボリス」


「ああ、そうさせてもらうよ」


 ボーマンは喜んだが、作業はその後も結局夕方まで続いた。運搬車のルーフ上に、7,92mmの軽機関銃を据え付けたのだ。気休め程度のささやかな火力だが、威嚇くらいにはなるだろうという考えだった。


 翌日の朝、彼らは駐車場に集合した。

 眼の前には不整地向けに幅広のバルーンタイヤを履き、その一方で極力抑えた設計の運搬車。

 ヒュウたちはそれぞれ9mm弾を使う拳銃かサブマシンガンを装備している。だが手持ちの弾薬はさほど多くないし、軽機関銃以上に威力に乏しい。


(それでも、丸腰よりはましだ!)


 怖気に染まりそうな頭を必死で振りたて、ヒュウはボリスと隣り合って座席に身を沈める。


「ランドマスターへようこそ!」


 第一運転士としてハンドルを握り、サンタンヘルが誇らしげに叫んだ。


「なんだそりゃ、この車の名前か……?」


 ハーキムがぷっと吹き出した。


「サンタンヘル、あんた随分古い映画を見てるらしいな……! 本土のアーカイブにでもあったのか?」


「いや、もっと前だよ。前にいたステーションで、上映してたんだ」


 俄かに興味を惹かれて、ヒュウはサンタンヘルに話しかけた。


「映画か……どんな奴だ?」


「でっかい戦争の後で生き残った奴らの話だよ……トンチキな車に乗り込んで、砂漠を横断するんだ、救難信号を出してる生存者を探してさ」


「――つまり、サンタンヘルは仕事で使う車に、映画に出てきたやつの名前を付けたというわけか」


 ハーキムが愉快そうにそう付け加えたが、実のところ笑いごとでもなかった。この車はちょうど映画の中と同様に、武装した男たちを乗せて旅立つのだ。


「まさかこういうことになるとはな……状況は最悪だが、何でかちょっと気分が良いぜ」


 ボーマンがサンタンヘルに賛意を示して肩口を叩いた。


「奇遇だな、俺もだ」

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