通話が終わると、ラウラが不思議そうに首を傾げた
「すんなりと話が進みすぎて、驚きましたね……? それに、顔は怖いけど、なんだかずいぶん親切な――」
――ガタッ
ブリッジ内に、鈍い音が響いた。
通信が終了するとほぼ同時に、カンジはがっくりと姿勢を崩し、制御卓の上に突っ伏していた。リチャードが目ざとく気付いて、そばへ寄ってきた。
「……おい、カンジ。大丈夫か?」
「くそ……」
何か言おうとして言葉を探すが、カンジの舌はそのまま硬直したように動かなかった。
「クロエ。カンジさんを医療ユニットへ――酷いストレス反応が出ています」
「分かった、行ってくるね――ほら、カンジさん」
クロエはカンジに肩を貸して、ブリッジ入口へと促した。
「……大丈夫だ、大丈夫。自分で、歩ける……歩けっ……」
言葉とは裏腹に、カンジの脚は萎えたようによろけて、立っているのがやっとといったありさまだ。クロエはリチャードにも助けを借りて、何とかカンジを医療ユニットの据え付けられた船室へと運び込んだ。
〈そこへ寝かせてください。こちらから遠隔操作で、適切な薬剤を投与します〉
ラウラが船室のスピーカ-越しにクロエたちに指示を飛ばす。だが、カンジはベッドに横たえられながら懸命に首を振った。
「鎮静剤の類ならいらん……それより聞いてくれ、みんなに話すことがある」
「どういう話なんです?」
クロエたちはいったん手を止めて、彼の言葉を待った。
「俺は昔、マークスマンの下で働いてた。給糧システムの改良、改善のために、食品食材のあらゆる知識を総動員して……そのあげく、奴と衝突して、報復人事で機動歩兵部隊に転属させられた」
「何、それ……」
酢を飲んだような気分。クロエは雲台でラウラから聞いた「懲罰部隊」の話を思い出した――あれはほぼ、真相をついていたのだ。
カンジの話は細部にまで及んで続いたが、それは奇怪で悍ましい話と思えた。
「マークスマンの計画は、この効果を持った
――なるほど。だからカンジさんは、カメラで自分を写すな、と。つまりマークスマン大佐に所在を知られたくなかったわけですね。
「そんなことがあったとはなあ」
リチャードが何かしきりにうなずきながら、カンジのそばにかがみ込んだ。
「お前さん、マクスウェル中隊にいた時から、やたらと神経をとがらせて身辺を警戒すると思ってたが……そんな事情だったのか」
「ああ……もっと早いうちにどこかで話しておくべきだったな」
「全く。おかげで、付き合ってるうちにこっちまで心配性になっちまったぜ」
「
「それでどうするつもりだ、カンジ?
「……ああ。だが、今は少し時間をくれ。なんとか落ち着いて、まずは地表の騒動を片づけるようにする」
――しかしカンジさん、無理はよくありません。あなたは少し休むべきです。
「師父との約束もあるんだ、こんなところで竦みあがってられるか……! 上手く立ち回ればマークスマンの目論見の、今の進捗と証拠の一つ二つぐらいはつかめるはずだ」
――であれば、なおのことです。『バンコ』の搬入と調整は私たちでやっておきますから、カンジさんはしばらく眠っててください。
医療ユニットから細いフレキシブルアームがせり出してきて、カンジの鼻腔内に少量の薬液を噴霧した。
「うごっ!?」
ひんやりとした香りがクロエの鼻先までかすかに漂ってくる。カンジは昏倒したようになって、やがて穏やかないびきをかき始めた。それを見るうちに、クロエの中でこれまでに抱いたことのない感慨が募ってきた。
(カンジさんの話を信じるなら、これはとんでもない陰謀だわ……それこそ
むろん、現時点ではまだ確証をつかめていない。通報は誣告と紙一重だ――つまり。
(今ここにいる私たちが、率先して立ち向かわなければならない、ってことよね……)