〈最新鋭のフリゲート艦が軌道上で支援のために待機してくれる、となればそれだけでも我々歩兵にとっては破格の待遇だからな。徒歩の遠足にリムジンや送迎バスが同行してくれるようなもんだ〉
――展開や撤収時の支援については、もちろんあてにして下さい。それで……そちらの当初の目的は、ジェネレーション08への機種転換訓練、と伺いましたが。
〈ああ、そうだ。俺たちの部隊にもやっと08が回ってくることになった。まあその分、キツい戦場に回されるって事だろうが、覚えんわけにもいかんからな〉
――確かに。それで厚かましい話とは思いますが、こちらのパワードスーツ要員二人に、予備機を回して頂くようなことは可能ですか?
〈……ふむ。問題がない、とまでは請け合いかねるが、予備機はあるにはあるな……装備は統一できた方が、行軍速度やフォーメーションに変更を加えなくて済む。だが、そちらの要員に扱えるのか? 民政に流れる旧式とはわけが違うぞ……?〉
――彼らも軍経験者です。09までのものなら複数の機種で訓練を受けたと申告しています。
〈分かった。では、ちょっと待ってくれ。これに関しては、うちの艦隊のトップと話してもらった方がいいだろう〉
そう言って、ハメット大尉はモニタ画面の視界から、わきへ下がって姿を消した。
画面の奥、照明を落とした暗がりから別の人物が進み出てくる。その姿を一瞥して、カンジは息をのんだ。
(マークスマンじゃないか!? なぜこんなところに)
モニター画面の向こうに、兄弟子がいたのだ。
ゲルハルト・マークスマン。胡耀海の弟子の一人。軍の給糧システムに携わり、兵士を強化するレーションの開発を進めてきた男。だがその計画には生物学的なリスクと倫理面の逸脱がある――
頭にカッと血が上がり、何か叫びそうになるのを、カンジは辛うじて抑え込んだ。
(いや、落ち着け……落ち着け。向こうにはまだ、俺の事は察知されていないはずだ)
マ―クスマンの性格はよく知っている。わざわざ末端の現場まで出てくるようなことはあるまい。ここをやり過ごせば、あとの作戦は何食わぬ顔で片づけられる――事の正否やカンジ自身の生死はともかくとして、だが。
直接会わない限り、当座は大丈夫――カンジは自分にそう言い聞かせながら、モニターに映る兄弟子の姿を睨んだ。
秀でた額に続く、M字型に後退した生え際。そこから頭の周囲をウェーブのかかった白髪が縁取り、細い鼻梁を中心に鋭い眼差しと厳めしい口元が、知的ながら狷介な印象を作り出している。痩身ながら鍛え上げられた最小限の筋肉が、服の上からでもうかがえる精悍な体つき。
十年前に訣別したときと、ゲルハルト・マークスマンはさほど変わっていないように見えた。いや、額がまた幾分広くなったか?
〈
マークスマンは手元でなにかのキーパッドを操作した。クレイヴンのモニター画面に、文書ファイルの着信を報せるサインが表示される。
〈こちらは今作成した、彼らあての作戦命令書だ。目を通しておいてもらいたい〉
――……はて? これを見ると、彼らの指揮も私が最上位者として行うと?
ファイルを確認したラウラが、怪訝そうな声を上げた。
〈ああ、お手数をおかけするが、私は演習艦隊の総責任者として、トレンチャーの他にも揚陸艦二隻と、そのサポートにあたる輸送艦二隻、それに護衛の駆逐艦三隻を預かっている〉
――ふむ。それはまた、大掛かりな演習ですね。
カンジは愕然とした。大掛かり、どころではない。給糧システムの担当将校が、なぜこれほどの規模の艦隊を任されているのか。いったいマークスマンは今どういう立場にいるのだ?
額に脂汗が滲み、動悸が激しくなってきた。手が震える。
〈うむ……これらを複数の地上目標に対して振り分け、現地の救難にあたれ、というのだからキーロウの行政府もなかなかに人使いが荒い。とはいえ事態の規模と現地の体制を考えれば止むをえまい〉
――まあ同感です。つまり、こちらでその負担を一部引き受けろ、と。
〈そういうことだ〉
――了解しました。こちらとしてはそれで問題はありませんが……
〈なにかあった場合の責任は私が持つ、安心してくれ。それで、ハメットから伝え聞いたそちらの要請だが……そうだな、特に問題はない〉
モニター上、マークスマンの顔の横にウィンドウが新たに開き、大まかに人型をした物体の三面図が表示された。
〈ジェネレーション08パワードスーツ、NAX-138『バンコ』。これを二機、追加装備一式と共にそちらへ回そう。上手く使ってくれたまえ〉