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第57話 キーロウ03へ.2

(揚陸艦が演習だと……? わざわざ、こんなところで?)


 揚陸艦は兵員輸送と上陸作戦――惑星に対してなら降下作戦を、シームレスに行える武装艦艇だ。有用な艦種には違いないが、演習というのであれば太陽系など、大規模な拠点を備えた主要星系で行えば事足りる。なにもM67くんだりまでわざわざ出向いてくる必要などない。


 カンジの疑念と逡巡をよそに、係官は福音を伝えるような喜色をたたえて説明を続けた。


「その揚陸艦の部隊は、ジェネレーション08のスーツを保有していると申告してきています。トレンチャーの擁する降下部隊は現在投入地点の選定が進行中ですが、共同作戦ということであれば……あるいは貸与を受けることもできるか、と」


「ジェネレーション08があるんですか?」


 カンジは内心で目を剥いた。08ならば純然たる軍用のパワードスーツ、それも初期の不具合を洗い出し終わった検証済みプルーヴド機体としては最新のものだ。訓練に使うとすれば、少なくとも基礎的な養成段階の話ではないだろう――


「それは、こちらから貸与を申し出るには虫の良すぎる話かと思いますがね」


「そこの判断はご自由に。もちろん、そもそも作戦に参加しないということでも問題はありませんが……まあ、一度打診して見られることをお勧めしますよ。あの責任者の話しぶりからすると、イレギュラーな事態への対応にも経験を積ませたい、という意向のようですので」


 ふうむ――


 カンジは少し考えこんだ。


「船に戻って他のスタッフと検討してみたいと思います……『トレンチャー』への通信アクセスコードは、発行していただいても?」


「もちろん。実地の作戦についても、あちらと直接協議していただく方が早いでしょうしね」



  * * * * *



「なるほど。そういう要請ですか……これは、トビアスの親心が裏目に出たかも知れませんね?」


「裏目と限ったものでもないだろうが、艦長には負担をかけることになるな」


「……いえ、冗談です。可愛いクロエのためなら、クレイブンの火力をちょっと用いるくらいのことは造作もありません。現にここに実在しているわけですし、行政府としてはなりふり構っていられないでしょう」


 ラウラは別段苦にするふうでもなく、てきぱきと揚陸艦トレンチャーへの通信アクセスを開始する。


 ――それに今後のことを考えれば、この艦の存在はハッタリとしては最高です。



 その様子を横目に、リチャードが皮肉げな笑いを漏らした。


「ふん、ランチボックス級揚陸艦か……懐かしいな、カンジ?」


「止してくれ。あれは懐かしむような思い出じゃない……まあ馴染みのある艦級ではあるが」


「まあな。乗り組んでるのがあの部隊じゃなくてよかった」


「『マクスウェル中隊』は流石に特殊過ぎる。表立った所へは出せないだろう……」


 「マクスウェル中隊」――それが二人がかつて配属されていた、降下機動歩兵中隊の名だった。

 軍内部でも噂にささやかれる通り、命令違反に抗命罪、軍機紊乱といった問題行動のあった兵士が放り込まれる、懲罰部隊だが――それすらもまだ表向きの話。

 実際にはカンジのように上官の意にそわない、気に食わない人物を異動させて、損耗率の高い戦場ですり潰す目的にも利用されている。


「そもそも、まだあるかどうかも分からんよな。定員を割ってどこかで再編成に入ってても不思議じゃない」


「つまり、古なじみに出くわす可能性もあるということだ。警戒はしておこう」


 カンジは制御卓からラウラへ呼びかけた。


「済まないが艦長、協議にあたっては、こちらの船内カメラの映像に俺とリチャードを入れないでくれ。それと、俺たちのことはもし言及する場合でもコードネームで」


〈コードネーム? ええ、カメラの件は了解――今後彼らとの通信その他においては、あなた方のことはそれぞれ肉切りクリーバー1、荷運びローダー2とでもしておきます……何か事情があるようですね?〉


「うん、ありがとう。あとで説明する」


 ほどなく、クレイヴンとトレンチャーの間で通信チャンネルが確立された。協議に先立って、まずは現時点までの推移が共有されていく。

 カンジたちはブリッジに詰めて、その情報に目を通した。


 ――最初の段階では、地上でディアトリウマの暴走が同時多発的に発生。対応しようと動きかけた治安機構に、系外へ向かう複数の輸送船から救難要請が入った。小惑星基地と同様の事態が起きたようだ。これで彼らは、星系内での電波による通信のリソースをほとんど食われてしまった。


 Pr0188で問題となった、キーロウ星系との通信途絶はこの時点で発生したものだ。Pr0188側では壺天周辺の海賊横行から類推して、航路上にその種の障害があるという想定で動いたのだろう。


「キーロウにはもう少し、通信インフラの強化と整備が必要だろうな……俺たちにはまったくあずかり知らんレベルの話ではあるが」


 リチャードが眉をしかめた顔で寸評する。カンジはつい最近まで住んでいたステーションのことを思い出していた。


「雲台14で居住区の管理がお手上げなのと同様だな。どこの植民星系でも、恒常的に人手が足りてない」


 混乱する状況下で、トレンチャーを擁する艦隊がたまたま、近傍星系からキーロウへジャンプしてきた――公式にはそういう説明になっている。この際の所属確認にも相当の手間がかかっている。キーロウ行政府当局にも件の艦隊にとっても、状況が明らかになるまでの時間は相当に神経に悪かった事だろう。



 ――これで状況は把握できました。感謝します。それで、そちらの方針は如何に? 


〈我々は事態を肯定的に受け止めることにした。これはいい訓練の機会になる。貴艦との共同作戦に同意しよう〉


 画面にはトレンチャーの作戦指揮担当者を名のる男が映っていた。スキンヘッドで右頬に大きく引き攣れた刃物傷がある、壮年の白人男性だ。強面にもほどがある容姿だが、その表情や口調は粗野なりに明るく、陽性の人となりを感じさせるものだった。


 ――了解です、ダンケル・ハメット大尉。本艦としても、大筋で行政府の要請を受け入れる意向です。


 ラウラはリラックスした口調で応答していた。

 降下機動歩兵と宇宙艦では指揮系統も給与体系も違うが、どちらも階級は大尉。二人の会話は軍人としてはごくフランクな調子のものになっている。


〈よろしく頼む、マルケス艦長コマンダー・マルケス


 ――はい。ただこちらの体制は、実質的には学術調査隊の類に近いもので、人員はごく限られています。分担できる役割はあまり多くありません。


〈ああ、それは構わん〉


 ハメット大尉はくしゃっと表情を崩して笑った。


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