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第56話 キーロウ03へ.1

「またえらく時間がかかったもんだな……!」


 モニター画面を通り過ぎる標識灯に目をやりながら、リチャードがぼやいた。


「仕方ないさ。ステーションへの接近中に撃たれなかっただけでも、幸運だろう」


 カンジが肩をすくめながら相棒へ振り返る。


 『クレイヴン』はキーロウ03の軌道ステーションへ入港するところだった。

 宙域の通信回線は依然として混雑状態だ。ラウラは次善の策として、ステーションのごくごく近傍まで接近してから、発光信号を用いて入港許可の申請を行ったのだ。それでようやく、ステーションの航宙管制室コントロールとの間に通信チャンネルが割り当てられた。


〈OCSFM-103『クレイヴン』、11番着陸パッドへ着陸してください……貴艦を歓迎します〉


 所属不明のフリゲート艦接近に、管制室は光信号を確認するまで相当の緊張を強いられたらしい。管制官の声には幾分の疲労が感じられた。


 ――管制室へコントロール。了解です、ありがとう。


〈星系外との連絡が回復するのは喜ばしいことです。入港シーケンスの最終フェイズ完了まで、どうぞお気をつけて――〉


 指定された11番着陸パッドは、クロエの席からもすぐに視認できた。クレイヴンがそこへ降りていく間にも、いくつかの船が忙しなく宇宙港内を行き来している。


 その中の一隻が、彼女の目を引いた。


(あれは……ランチボックス級揚陸艦?)


 見間違えでないのなら父の会社、コープランド・ジェネラル・アームズが先代CEOの頃に基礎設計を手掛けた船だ。

 もうずいぶん旧式になっていて、昨今ではモスボール保管さえ取りやめになって解体されたものが多いはず。

 人類が銀河系の各方面へ、精力的に拡張を行っていた時代の船だ。建造当時求められたのは、人間というやたらにコストのかかる積み荷を抱えて、安全かつ長距離にわたって運んだうえで戦闘もこなす事。

 そのハードな要求のために、馬鹿馬鹿しいほどのキャパシティと冗長性を持たされていたという。


(……まだ現役の船とか、あったのねえ)


 珍しいものを見た、と感心しながら、クロエはその無骨な箱型の船体が視界の端へ動いていくのを、しばし見送った。



  * * * * *



「ご苦労様でした。ではこちらが受領証を収めたデータパッケージです、お収めください」


 行政府の係官がデータアーカイヴの筐体と引き換えに、手のひらほどの大きさのカード型パッケージをカンジに手渡した。これを最寄の銀行で決済処理すれば、五百万マルス相当の星間信用通貨ギャラが口座にチャージされる。


「確かに。では――」


 別れを告げかけて、カンジはふっと口ごもった。よくよく考えてみれば、このまま帰路に就くというわけにもいかないのだ。

 キーロウ03の状況について詳細を確認し、Pr0188へ知らせる必要がある。場合によっては、キーロウからのデータアーカイヴについても輸送を引き受ける流れがあり得るだろう。


 それに「まるいの」の情報も探したい。古いデータの保管庫へアクセスできればいいのだが、その許可をどう取り付けたものか?


「……ああ、ミスター・フルソマ。あなた方の船は最新鋭のエクセター級フリゲート、ということでしたか?」


 カンジの言葉が途切れるのを待ちかねていたように、係官が確認してきた。


「……そうだが、それが何か?」


「目下、我々はキーロウ03で発生した緊急事態について、対処に追われていまして。可能であれば、そちらの艦にも支援をお願いできればと考えています……いかがでしょうか」


「その、緊急事態というのは?」


 見当はついている。ディアトリウマの暴走に違いない。この様子だと、よほど大きな規模で異変が起きているのだ。


「地表で入植者たちの多くが携わっている食肉用類鳥類の飼育ですが、実は、この類鳥類が広範囲で凶暴化する、という事態が発生しました」


 やはり。


「困ったことに、飼育に広大な土地を必要とする性質上、各農園はそれぞれ分散しています。防衛のために横の連携をとるということが難しい……治安機構による介入や防災センターの支援も目下、後手後手に回っています」


「……それは、猫の手も借りたいことでしょうね」


「ええ、正に。そこでですが……そちらのフリゲート『クレイヴン』にはDT44型降下艇ドロップシップが搭載されていますね? 失礼ながら、入港時にゲート通過の際に多重スキャンで把握させていただいております」


「まあ、それは止むをえませんね。こちらとしてはいささか面倒ではありますが」


 カンジはわざと、迷惑そうな口ぶりを装った。


「……行政府われわれとしては藁にもすがる――いや、『渡りに船』というべきところでした。ご協力いただければ大いに助かるところです。もちろん、別途報酬をお約束しましょう」


「ううむ……協力するのはやぶさかではないですが」


「何か懸案が?」


「こちらで降下させられる兵力は、目下所有している硬式パワードスーツ二機というのが実情です。しかし、こいつはディアトリウマのような俊敏かつパワフルな生物を相手取るには、若干安定感に欠ける」


 カンジはもっともらしくため息をついて見せた。その間、表情は極力動かさずに保つよう努力している。


「ふむ、運用に若干の難がある、と」


「ええ。実はしばらく前に類似の事例に遭遇しまして」


「ほうほう。ということはつまりあなた方には現時点でも、相応のノウハウがある、ということですか……」


 係官がひどく嬉しそうな顔をするのを、カンジは複雑な気持ちで窺った。グリル・ランナーのベースになっているのはやや旧式のスーツで、ジェネレーションは05にあたる。小惑星基地での戦闘を分析する限り、まだ防御力と機動性のバランスが物足りない。


「まあ、そう言えなくもない、というところです……万全を期すために、ジェネレーション07以降の機体があればそちらを使用したい。キーロウこちらの治安機構で用意できますか?」


 ダメもとで交渉を試みるカンジ。それに対する係官の返答は、やや奇妙なものだった。 


「ええと、その……ここにはありませんが」


?」


 係官はふうっと息をつくと、何か神に感謝するような敬虔な面持ちで答えた。


「近くの宙域で演習を行っていた、太陽系政府軍所属の小艦隊がありまして……幸い、20時間ほど前から連絡が取れる状態に。この艦隊の揚陸艦『トレンチャー』が現在、このステーションで補給中です」


「そいつは……また」


 そういえば、着陸シーケンス中にそれらしい艦影を見かけたようでもある。カンジはそのことが腑に落ちると同時に、頭のどこかがチリチリと警戒信号を発するのを感じていた。


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