「クソッ……またなんだって、こんな災難に巻き込まれたんだ俺は……」
カンジたちが小惑星の坑道でディアトリウマを処理しているころ。
キーロウ03の北半球、大陸から二十キロほどの幅がある海峡を隔てた、平坦な地形を持つ温暖な島「
「またかヒュウ。お前の愚痴はもう聞き飽きたよ」
隣にいた牧童仲間のボリス・ボーマンが、中古のライフルを頬付けしたまま言った。ボーマンは善人だが、気が短くて粗暴な男だ。
ヒュウはこの男に対しては、極力下手に出ることにしていた。
「悪かったよ、別に聞いて欲しいわけじゃないんだ。だがこの星に来た時には、ちょっとは期待してた」
「何をだ」
「全部さ……実際、来てよかったと思ってたよ」
ヒュウは自分が手に入れたつもりだったものを思って、少し涙目になった。
彼がここにやってきたのは、およそ一カ月前。
雲台14の闇業者になけなしの金を払って、一応は正式の市民扱いになるIDを取得した。その流れで登録した、人材斡旋サービス会社の窓口で紹介されたのが、キーロウ03の牧場からの求人だった。
ろくに食事も出ない貨物船で船倉の荷物と共に運ばれるというひどい経験はしたが、地上に降りたときは心底感動した。
生まれて初めて踏みしめた本物の大地。昼間は緑がかった明るい青に、朝夕は杏子ジャムのような鮮やかな黄色に染まる空。植物のむせるような香りと、時々鳥のフンの匂いがする空気。
ステーションから出たことがなく、頭上をハブ・シャフトに塞がれた風景と淀んだ空気しか知らなかったヒュウにとって、全く新しい体験だった。
牧場で与えられた仕事は、食肉用に飼われた巨大な鳥の世話。
最初はおっかなびっくりだったが、慣れてみるとディアトリウマとか言うその鳥はごくおとなしく、その辺に生えている多肉植物の葉や、時々ヒュウたちが与える穀物くずと乾燥した魚の粉末を混ぜたものをむさぼっては、ゆったりと歩きまわっているばかり。慣れてしまえば世話は楽なものだった。
(いいじゃないか……ここは給料は安いが、物価も安い。何か片手間に副業でもできれば、小金をためてもう少し上級のIDを手に入れるか、世間知らずな女でも引っ掛けて――)
そんな皮算用をできるくらいには、キーロウでの生活を気に入り始めたころ。牧場で寝起きして十日目くらいだろうか、新しく届いた飼料を食べ始めてから、鳥たちの様子が次第におかしくなった。
気性が荒くなって餌箱や柵を蹴り倒す。くちばしが鋭く尖ってきて先端が曲がり、足の指の一本には、いかにも不釣り合いなカギ爪が伸びてきた。
そしてついに一週間前。牧場で働いていた三十代の女、ヒュウたちの賄いを作っていた料理人が蹴り殺され、全身をずたずたについばまれて死んだ。
瞬く間に島は大混乱になった。ここでは人間よりも、ディアトリウマの方が数が多いのだ。
牧場は壊滅し、ヒュウたち数人は命からがら、少し離れた場所にある
この辺り一帯の農場とそこで働く労働者を相手に、建材や農機具から日用品、いくらかの嗜好品の類まで売っていた店だ。最低限の食料と水、それに酒や、医薬品も取り揃えてあった。あと自衛や害獣防除用の、銃と弾薬も少々。
集まった避難者たちのリーダーと店主とで交渉した結果、商品の提供を受ける代わりに店主一家を最優先で守る、そういう取り決めになっている。
「…あと二時間で交代だ。何とか乗り切ろうぜ、ええ? まだ店には酒がいくらかあったし、分配を受け取って一服すんぞ」
「あの鳥が周りにいるってのに、飲んでも大丈夫かな……?」
「いつまでもこのままじゃないだろ……たぶん、もうすぐ
周辺を囲んでいた柵に廃材や集荷用のカートを括りつけた、頼りなげなバリケードの内側で、ヒュウたちは日に数時間づつ歩哨に立っている。今のところはどうにかこうにか、この小さな砦の防備と秩序は保たれ続けていた。
* * * * *
その夜、ヒュウたちは
人数は十五人ほど。近隣にある方々の農園から何とか逃げてきた、ヒュウたちと同様の牧童に、ストアの店主。それと他所の農園のオーナーだった男に、その客人だったという植物学者、といった顔ぶれだ。
「来てくれたな。あー、みんなそのまま聞いてくれ」
農園オーナーの男、ハディントンは押し出しが強く人の扱いにも長けていて、自然にこの砦のリーダー格に収まっている。今夜ここにヒュウたちを集めたのも、彼の呼びかけだ。集まったヒュウたちを前に、ハディントンは深いため息を一つ着くと本題を切り出した
「……俺たちが立てこもって、今日で十八日になる。だが、まだ島の外から助けは来ない」
――治安機構が来てくれると思ってたんだがなあ。
ボーマンが小声でぼやいた。
「その上悪いニュースがある。このままだと、食料も水も長くは持たない――オルソンさん、あんたの試算では何日になる?」
――今の人数だと、あと10日持たないよ。
「聞いた通りだ。そこで提案がある――くじ引きで選んだメンバーで、周辺の農場や村を回って、なんとか補給品を集めてくるんだ……可能なら、どこかで通信設備を探して、島の外に連絡を取れないか試すのもいい」
――待てよ……ていのいい口減らしじゃないのか、そりゃあ?
牧童の一人が疑わしげな声をあげた。ハディントンは憂鬱そうに首を横に振った。
「減るのがどっちかなんて、分かったもんじゃないんだよカワムラ……選抜メンバーが戻らなければ、残った人間もジリ貧だ。ここのバリケードは頼りないし、奴らに入られたら人間の脚じゃ逃げられん」
――そりゃそうかも知れんが、しかしなあ。
カワムラと呼ばれた男は依然難色を示したが、彼もこれがやむにやまれぬギリギリの選択だということは分かっているようだった。
「女子供と、オルソンさん一家を除いた、男十四人でくじを引くんだ。選ぶのは五人。オルソンさんのとこのオフロード運搬車に新品の小型燃料電池を積んで、三日分の食料と武器弾薬を預ける」
生き残るために運試しをするチャンスか、十日間までは生存が保証されたどん詰まり――このまま救援がないのであれば、どちらかを選ばなければならないというわけだ。
「奴らの走る速度は概ね、最高で時速六十キロほどのようだ。あの車なら、平地を走る限りは何とか振りきれる」
ハディントンの客、植物学者のハーキムが請け合う。そこからはもう、明確な反対意見は出なかった。片時も緊張を解けないバリケード内での持久戦に、もう全員が疲れ果てていた。