数時間後。
カンジたちはホークビルでクレイヴンに戻った。シェーファーからは映像付きの通信で、丁重な謝辞が寄せられていた。
〈本当にありがとう、助かった……娘のことは諦めていたんだが、また一緒に暮らせる。ありがとう。しかし、まさかエクセター級フリゲートをわずか五人で動かしているとはな。ずいぶん無茶を言った、恐縮している)
細目で一見柔和な顔立ちをした、長身の中年紳士がモニターに映っている。一緒にソファーに腰かけている少女は、湯上りの血色のいい皮膚の色を見せていて、今は大きめのバスタオルで念入りに髪の水分を拭っていた。
――どういたしまして。人命が重ねて失われることなく、幸いでした。
〈それで、やはり謝礼は受けてもらえないのか……?〉
――流石に。本艦には民間人もいます――というか、ほとんどがそうです。範を示すべき艦隊士官が公然と、事実上の海賊から謝礼を受けた、取引をした、とあっては、やはり問題になることを避けられないでしょう。
〈そうか。残念だな〉
――まあ世の中がそう簡単に黒白つけられるものではないことも、承知はしています。よって我々はお互いを攻撃せずに別れ、今後のそれぞれの行動についても関知しない。その辺りが、最善の落としどころだと思いますが、いかがです?
〈分かった……こちらとしてもしばらくは、旧来の
――分かりました。それでは、あなた方に幸運のあらんことを。
〈ああ。貴艦にも、良い航海を〉
通信が終了すると、ブリッジの
「これ、Pr0188の治安機構にはどう報告すればいいんだろうな」
――報告できるわけもありません。今回はただ働きですね。
「そうだな、まあ仕方ないか……カスミはまだ寝てるのか?」
「まだ起きてこないわね……ホークビルに戻って来た時点で限界だったみたい。よほど無理をしたんだなと思います」
「……気に食わんが、まあ今回の
リチャードが、言葉とは逆に満足そうな顔で持ち上げた。
「訓練された兵士が頑張るのは当然の仕事だ。だが、こんな腰抜けのド素人が、自分から名乗りを上げて一番きわどい所で過酷な任務を完遂したんだ……少しは見直してやるのが公正だろう」
「うん、そうだな。全くその通りだ」
カンジの胸にも温かいものがあった。
「よし、じゃ改めてキーロウ03に向かうか……そういえばラウラ。ここの治安機構に、その後連絡は?」
――そのことですが。いま確認したところ、依然として治安機構の
「何だと……?」
さすがにおかしい。しばしうつむいて考えるカンジとクロエだったが――
「カンジさん。ディアトリウマの飼育はキーロウ03の一大産業だ、って言ってましたよね。もしかして、惑星本土でも、今回と似たようなことが起きてるんじゃ……」
「……」
「まさか凶暴化したディアトリウマの、大規模なスタンピードが……」
「おいおい、待てよ。そうだとしても、現地に駐留してる治安機構の守備隊なら、あの小惑星基地よりも充実した装備があるだろう。牧場主からは文句が出るかもしれんが、短時間で鎮圧できるはずだぞ」
「いや……そうとも限らないし、現に本土の状況は収拾できていない……どこも実情は――」
そういったまま、カンジはしばらく身動きを忘れて考え込んだ。やがて顔を上げ、ラウラに呼び掛ける。
「ラウラ、もう一度ヒュドラ鉱業団に通信を入れてくれ。彼らはあのディアトリウマの死体を……いや、仲間の肉を食った生き物を食うとも思えんが、念には念を、だ。万が一にも食うなと伝えて欲しい」
――分かりましたがしかし、一体何が?
「あの凶暴化は、飼料によって起こされた、人為的なものである可能性がある。仮にそうなら、人間にも影響があっても不思議じゃない……」
「何ですって……?」
クロエがひどく冒涜的な言葉を聞いた、と言いたげに身をよじった。
――カンジさん。実は本艦にもあの鳥のサンプルをいくらか、確保しています。必要なら、分析を試みますが。
「頼む」
カンジは神妙にうなずくと、正面のモニターを見つめた。そこに映し出された星々の一角に、キーロウ03がある。
「鉱業団への連絡と確認が済んだら、急いで出発しよう。通信が不通なら、自分で確かめるしかない」