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第54話 猫に鈴をつける役.2

「いいぞ、やって見ろ……だが無駄死には許さん、コンドライト隕石にかじりついてでもやり遂げてくれ。その間にこっちも動く。慣性制御を切った直後のチャンスを逃さないように、奴らを探し出し、倒すか最低限貼りついて拘束してやるさ」


〈り、了解です。あたしだって、やってやりますよ!〉


「頼んだ。宇宙服は一度着けなおしてからクロエに見てもらえ。あの子は物覚えがよくて器用だし、目端も利く――間違っても、気密不良のまま船外に出るな。パッドの上はまだ真空だからな」



  * * * * *


「カスミさん。カメラの視界、良好です。通信は聞こえてますか?」


〈通信も問題ないですよ……ちょっとノイズ載るけど、途切れるほどじゃないです――〉


 カスミからの音声に、シュー、シューと呼吸音が混ざる。ホークビルを離れたカスミは不慣れな低重力下での宇宙遊泳で、ゆっくりと基地のゲートへと近づいていた。

 ヘルメットに取り付けられたカメラの映像は、クレイヴンの受信拡張プローブを経由して中継・増幅され、クロエの前のモニターに投影されている。


「大丈夫です……? 気を付けてくださいね」


〈だ、大丈夫ですよ! エアロックの開閉なんてこのご時世、宇宙居住者の基本動作じゃないですか……! ははッ〉


 カラ元気をだして気丈そうに振る舞っているが、彼女の緊張は痛いほど伝わってきた。呼吸音が短く小刻みに、サイクルも早くなってきているのだ。


「ほら、過呼吸起こしますよ……! もっとゆっくり」


〈OK、OK……分かってますって。ヒッ、ヒッ、フーッ!〉


 おかしな呼吸を始めるが、本人としては大真面目なのだろう。良くもこんな不器用で小心、臆病なことリスよりも甚だしいような人間が、身一つで宇宙を歩きまわっているものだと思うが。

 おそらくはそれゆえにこそ見えるものや、取材に際して正体を隠し通すカモフラージュ力にもつながるのだろうか?


 モニターの中で、カスミの指がエアロックの開閉レバーにかかった。手動レバーの操作はどのメーカーでも如何なるサイズでも、基本は同じ。

 掴んで押し込み。捻って――安全のため離れたところに設けられた排気ダクトから、内部に残った空気が噴き出し、減圧で一瞬、水蒸気が白く凝結したあと拡散して消え失せた。


 クロエは通信回線を切り替え、カンジたちに現状を伝えた。


「カスミさん、ゲートを通過です。現在の所、ディアトリウマの姿はありません。順調にいけば、十分ほどで配電器ディストリビューターパネルに到達します」



「分かった。こちらは現在、ディアトリウマの掃討に基地内を移動中だ」


 カンジたちは結局のところ、ナギを宿泊所はんばに残して、再度の狩りに出ていた。

 ナギを発見していなかったらどうなっていたか――ふとそう考えて、東洋の古いことわざを思い出す。


「禍福はあざなえる縄のごとし、か……」


 テレパシーの誘導もなくあのまま狩りを続けていたとする。全くなんの事故もなく、作戦を終えられた確率は、七割といったところだろうか。

 出力とスピードの不足による戦闘の長期化。それに伴う人間の疲労。

 最終的に、作戦半ばで撤退することになっていたかもしれない。鉱業団がそのあと、飢餓で壊滅でもすれば、寝覚めの悪いことになっていただろう。

 ナギの能力のおかげで、安全に事を進める必要ができたが、そのぶん確実性の高い作戦が立った。そしてそのぶん、カスミに負担を強いている――


〈考え込むなよ、カンジ。どっちにしたってリスクは取らざるを得ん。カスミが失敗しても、まだできることは残るんだ。今の状況はベターなものだと、そう信じようぜ〉


「ああ、そうだな」


〈カンジさん。カスミさん、目標到達〉


 クロエから通信が入った。地形が悪いのか先ほどより受信状態が悪いが、会話には支障がない。


「そうか。状況は?」


〈周囲を確認、配電盤に損傷などはないようです。すぐに作業が終わるでしょう……カスミさんはだいぶ、心理的に参ってるようですけど〉


「まあ上々だな。こちらは――」


 言いかけたところで、ドップラーレーダーに反応。


「来たぞ、二頭いる!」


 今度はカンジが先に接敵していた。カメラを狙ったくちばしの攻撃に、裏拳の要領で下腕部装甲をぶち当てるカウンター。微妙にずれて、さほどのダメージにならない。


〈まさか毎回ツーマンセルか? こいつら、集団記憶とか妙な能力持ってないだろうな……!?〉


「いや。確かに統率が取れてるように感じるが、このくらいなら野生動物には普通にある……」


〈そりゃそうだが、こいつら家畜だぞ? おかしいじゃないか〉


 確かにおかしい。リチャード機と背中合わせのポジションをとる。軍にいたときからよく使うマニューバの一つ。ぐるぐると周囲を回ろうとするひよこを牽制しつつ二人は壁際へと機体を寄せていった。

 壁を背負われる不利を悟ったか、突貫してくるディアトリウマ。すり抜けざまの後ろ蹴りを読み切って、リチャードがそれにブレードを合わせた。


 ザリッ!


 肉と骨が断ち切られる音。血しぶきと共に恐鳥のかかとから先が宙を舞う。

 転倒してもがく片割れから、残る一頭が距離を取った。


(警戒している? いや、違うな!)


 攻撃前の助走のために、距離を開けた――そう判断して、カンジは推進器を短く噴かした。動作の起こりを潰せば、格闘攻撃の威力は落ちる。


 そこに、クロエからの通信が入った。


〈配電盤の操作が終了しました。慣性制御装置、ダウンします〉


「今かよ!」


 組み立てが崩れる。だがその後は、こちらの圧倒的な有利が訪れる――カンジはそう念じて、重力の変化に備えた。ジャイロ・バランサーを空間戦闘モードに入れ、ランナーの四肢をいったん待機位置に戻す。


 胃袋が持ち上がるような不快な感覚と共に機体が床を離れ、空中で恐鳥と交差した。ディアトリウマは助走の勢いそのままに、天井にぶつかって、そのまま跳ね返った。無重力でも質量が減るわけではない。クソひよこは先ほどまでカンジたちにとっての脅威だった運動エネルギーを、自分自身で受けたのだ。


 そのままふわふわと漂って力なくもがくディアトリウマを、カンジはほとんど慈悲の気持ちを込めてブレードで仕留めた。


 あとは、同様の作業の繰り返し。無重力に適応できずに、宙に浮いたまま溺れたようにのたうつ鳥たちを、二人はスラスターと四肢フレームの動作とアクションホイールによる整然とした動きで始末して回る。今度こそ、単純な肉屋の仕事だった。

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