〈おいカンジ、大丈夫か!〉
「危ない所だった! 物凄い跳躍力だ」
グリルランナーの防御力は高レベルだが、転倒だけはいただけない。内部の人間は衝撃に弱く、宇宙服越しでも脳や内臓にダメージを受ける。
そして体勢を崩されれば、一方的に攻撃を受ける時間が発生するのだ。相手次第ではそれは命取りになる。
〈ざっと秒速14メートルくらいか。こいつの体重を二百キロ前後と見積もると……なるほどな、人間が喰らったら死ぬやつだ〉 (※1)
リチャードのグリルランナーは、一頭のディアトリウマを恐竜めいた太い首のところで抱え込んで拘束していた。
〈ダメもとで組みついたらうまくいった……放してなるものかよ!〉
カンジ機のドップラー・レーダーは警報を鳴らし続け、モニター画面にもう一頭の存在が矢印で示唆される。
〈カンジ、前面の防御を固めて、前傾姿勢でカウンターを狙え。スモウの要領だ〉
「……相撲は経験がないな」
リチャードの無茶振りにぼやきながら、カメラセンサーを守りつつディアトリウマに対峙する。
がさがさと擦過音を立てて左右へ体を振り、とびかかる隙をうかがっているのがなんともおぞましい。幸いにして幅七メートルほどしかない通路の狭さが、恐鳥から行動の自由をある程度奪ってくれていた。
輓馬を思わせるどっしりした体躯と、疾走に適したたくましくもしなやかな脚部。左右から押しつぶしたように薄くなったくちばしはある種の斧を思わせ、先端には鋭くカーブしたフックが備わっている――肉食性を暗示するパーツに、明らかな違和感があった。
「こいつ、本当にディアトリウマなのか……!?」
五メートルほどの助走をつけて蹴りかかってくる恐鳥の爪を、左前腕の装甲で何とか止める。右足で踏み込んで
「浅い、いや、止められた!?」
チタン合金の刃は確かに肉にいくらか食い込んでいるが、さほどのダメージにはなっていない。羽毛がライフル弾を受け付けないというのは誇張ではなさそうだ。
〈カンジ! 前からじゃだめだ。こいつの硬質化した羽毛は、体の後方へ向かって生えてるから……〉
リチャードはそう言いながら、抱え込んだディアトリウマの首の付け根方向から末端の頭に向けて、ちょうどナイフで鉛筆を削るようにブレードを走らせた。
〈こうだ。後ろからこうやれば、ブレードがすんなり入る〉
そのまま力を込めて、首を削ぎ切る。落ちた頭のくちばしが床を叩いて、鈍い音がした。
「なるほど……!」
カンジもリチャードの方法に倣った。再び蹴りかかってきたディアトリウマの懐に飛び込み、体の後方からブレードを突き込んでえぐる。重要器官を破壊された恐鳥は、しばらく痙攣しつつのたうち回って滅茶苦茶に足を振り回した後、静かになった。
「まずは二頭……情報が正確なら、残りは八頭か。思うよりも手間取ったな」
〈やれやれ、精肉作業も楽じゃねえなあ〉
リチャードがぼやく。
ディアトリウマの巨体はその場に放置したまま、二人は通路を先へと進んだ。やがて整然とした壁と天井のある区画は終わり、採掘基地時代の坑道だったと思われる岩盤むき出しの洞窟が目の前に現れた。
〈カンジさん、鉱業団から坑道部分のマップデータを貰いました。お二人のランナーに送信します〉
「ありがとう。モニターしてたと思うが、こちらは二頭倒した。残りはまだ見つからない――」
着陸パッドに固定された状態のホークビルから、クロエがカンジとシェーファーの両方を相手に通信を続けていた。
鉱業団の士気は外部からの救援と緒戦の勝利で見違えるように回復しているという。あと少しだけ耐えしのごうという気運で意思統一がなされているようだ。
だが、くだんの戦闘の推移をみる限り、凶暴化したディアトリウマは予想以上の脅威と感じられた。
〈カンジさん、気をつけてくださいね……二人の機体は、格闘戦のために上腕部装甲を外してあるんでしょう? 腕に攻撃を受けて、変形や破損が発生したら……〉
「そうだな。元が軍用のマシンだから、フレーム自体の剛性も装甲材と同等のはずだが……」
カンジは機体のコンディション・モニターに目を走らせて低い唸りを上げた。
「今の戦闘で、フレームの一部に2%ほどの歪みが発生している。形状的に、剛性が理論値に届かないのかもしれん……」
〈そうなんですか……!?」
「うん。あの蹴りを集中して何度も喰らうのは避けたいな。あと、カメラセンサーの開口部は守らないとだ」
〈囲まれないようにしないとですね〉
〈――それなら、助言がある〉
クロエ側の通信機に、シェーファーからの音声が割り込んできた。
使用する周波数や互いの通信能力のギャップのせいでカンジとシェーファーの間には直通の回線が確立できていない。
だが、ホークビルには降下艇として、陸戦隊を指揮するための多チャンネル通信機能が充実している。シェーファー側にも、カンジとの会話はタイムラグこそあるものの、共有はされているのだった。
――もちろん、鉱業団側に伝わってまずいものはラウラのところでカットされているが。
〈今送ったマップの中に、三か所ほど要注意の場所がある。掘り出した鉱物の集積場所とか、用具、器材の収納場所だったところだ。気をつけてくれ、場所がら位置測定が難しいはずだから、慎重に進まないといきなり広場に出かねん〉
なるほど、とうなずきながらカンジにそれを伝える。
「こちらカンジ。了解した。なかなか骨が折れるが、シェーファーにはありがとうと伝えてくれ」
クロエはそれをまたリレーしてシェーファーへ送った。
* * * * *
少し置いて、シェーファーからの返信。
〈こちらこそ。大変だが何とかやり遂げてくれ〉
応答する声にふと、嗚咽のようにも聞こえる押し殺したため息が混ざった気がした。
(……なにか気がかりなことがあるのかしら?)
クロエは、なぜかそれが彼のひどく個人的な事情からくるものであるような気がしてならなかった。
註
※ おおよそ400CC前後の大型バイクに時速50キロで衝突されたぐらいの衝撃。