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第48話 恐怖の積み荷.2

 惨劇を見せられる予感に、クロエは竦みあがる。だが容赦なく画面の中で時間は進み、コンテナの中から人間をわずかに上回る頭頂高を持つ、がっしりした二足歩行の生き物が姿を現した。 

 「鉱業団」の男が語った通り、その巨大な鳥「ディアトリウマ」は動きを目で追うのがやっとの素早さで男たちに襲い掛かり、瞬く間に辺りを血まみれの食肉処理場スローターハウスに変えた――食われるのは人間の方だったが。



「ひ、ひどい」


 クロエはほとんど涙目で、吐き気をこらえるのがやっとだった。もう一度見ろといわれても願い下げだ。


「こりゃあ、選択の余地はなかったか……」


 ――はい。海賊と言えども人命です。まずは助け、そのうえで正しく法の裁きを受けさせるというのがあるべき形かと。異星生物に惨殺されるのを見殺しにしていいとまでは思いません。


「じゃあ決まりだ。ラウラ、ヒュドラ鉱業団に承諾を伝えてくれ。ここまで出そろった情報で、おおよそのことは分かった」


 カンジはリチャードの方を一瞥すると、艦底の方角へ視線を落として目を細めた。


「この船に、彼らが期待している兵力はないが……ああした危険な被造物クリーチャーに対処する手段は用意がある。グリル・ランナーを使おう」


「なるほど。まあ他に方法はあるまいな……久々に俺の出番ってことか」


「いや、万全を期そう。予備機も稼働状態にしてくれ――俺も一緒に出る」



  * * * * *



 ラウラが承諾の意を告げると、「鉱業団」のリーダーは土下座せんばかりの勢いで感謝を述べた。


〈ありがたい……うまくいけば何とか助かるだろう。回線は常時つながるようにしておくから、何でも訊いてくれ。俺は団長のシェーファーだ。内部の安全さえ確保してもらえれば、こちらでも出来る手伝いはそれなりにある〉


 ――了解。こちらからはDT44型降下艇ドロップシップを送り込みます。ゲートの開閉は司令室そこから可能ですね?


〈大丈夫だ。内部へのエアロックは20号サイズの大型コンテナを通せるようになってる。大抵の機材は通るだろう〉


 ――十分です。ありがとうございます。


〈こちらこそ――だが、DT44型とはまたえらく小ぶりだな。フリゲートに積むならそんなもんかもしれんが、大丈夫なのか? その、兵力的に〉


 ラウラはいかにも自信ありげな声色で、シェーファーに応えた。


 ――本艦は小数精鋭主義で運用されています。ご心配なく、そちらへ向かうのも最高のメンバーですよ。


  * * * * *


 クレイヴンの艦底ハッチから発艦したDT44型降下艇「ホークビル」は、基地までおよそ二十キロメートルほどの距離を、宇宙機としてはゆっくりした速度で進んだ。

 積荷カーゴブロックの中には明るい灰緑色に塗装されたグリルランナー・スーツが二機並んでいる。一機は雲台14でのナマコ漁にも使われた、機体。

 もう一機、肩部の装甲がやや角ばった形の新しい機体は、クロエの父トビアスとの間での契約が結ばれてから、準備期間の間に用意されたものだ。


「二機積めるというのは意外でしたね」


 さすがにスペースに余裕がないため、整備用ハンガーは折り畳んで収納され、機体は内壁に設けられたビンディングで簡易的に固縛されている。

 機体への乗り降りと艇外への展開にはいくらか煩雑な操作が必要になるが、同時に二機展開できるのは戦力として格段にアドヴァンテージになるはずだ。


「無重力環境なら、ハンガーに懸架して吊り下ろす必要はないからな。宇宙遊泳の感覚で出られる……とはいえ、基地にドッキングする際は注意が必要だ」


「どういうことです?」


「このサイズの小惑星だと天然の重力には期待できないから、内部で慣性制御装置を働かせることになる。着陸パッドの上あたりまでは恐らく、地球上と同じ1G環境か、それ以下だとしてもゼロではないだろう」


「ああー。そうじゃないと、生活にも採掘にも不便ですもんね」


 慣性制御装置には大きく分けて三種類の使いかたがある。

 重力中和による物体の浮揚及び飛行。加速度の軽減による宇宙機と乗員の保護。そして、小規模施設に対する人工重力の付与だ。


 この小惑星のような不規則な形をした天体では、回転による人工重力を発生させるのは難しい。


 だが採掘施設でそこら中に砕石が浮遊する状態は望ましくないし、位置エネルギーや摩擦、抗力が存在する方が、各種作業に用いる器具や設備も単純ですむ。

 そこで、慣性制御装置が使われることになる。高額な装置ではあるが、恐らくかつての開拓最盛期にはそれでも十分に採算が合ったのだろう。


「着陸してしまうと床から艦底までの距離が近すぎて、グリルランナーを出すことが難しい。だから着陸パッドの上空でハッチを開けて降下する。俺たちは二人とも出るから操縦を代わってもらうことになるが、大丈夫だな?」


「軌道上マニューバーもシミュレーターでだいぶやりましたし、行けると思います」


「よし。じゃあ作戦開始――」


 ――ガタン!!


「なんだ!?」


 キャビン内に突然、何かがぶつかる鈍い音が響いた。

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