――そちらの概略と自己評価は把握しました。それで、この救難信号は一体何ごとが?
〈順を追って話す。二週間ほど前のことだ。俺たちは近くを通りかかった輸送船からいくらかの貨物を
――味わい深い表現ですね。
〈……その中に、食肉用の家畜が活きたまま収容されたコンテナがあった――『ディアトリウマ』って分かるか? どこだかの
「ディアトリマ、じゃないんですね?」
クロエはわずかな混乱を覚えた。聞いたような名前だなと思ったが、彼女が知っているのは地球で新生代前半に生息していた『恐鳥』グループに属する原始鳥類だ。正式な学名ではないが、よく知られている名前。
「ディアトリウマ、ね……ペルセウス座M34星団に属する恒星『ジュロー』の、確か第二惑星が原産だったかな」
カンジがブリッジの天井辺りに視線をさまよわせながら、いくぶん覚束なさげな様子で口にした。
「知ってるんです?」
「たぶん。あそこには地球の中生代末期くらいの段階を思わせる生物が生息していたはずだ」
「輸出とか、大丈夫なんですかそれ」
「うん。普通なら保護対象だが、あそこの何種類かは持ち出しが認められて、同様の
「へぇ! 美味しいんでしょうか?」
「それだというふれ込みの肉を食ったことはある。ぷりぷりした白身で割とイケたな」
「カンジさんがイケたって言うなら、なかなかのものですね」
「美味いだけじゃない。その時聞いた説明では、環境の変化に強く植物食性で粗食に耐え、脂肪の貯蔵能力に優れているらしい。絶食状態でも一カ月は活動できる丈夫なやつ、だとさ……植民惑星でタンパク源にするのにはうってつけだろうな」
カンジの解説の一方で、通信相手の鉱業団側もとつとつと説明を続けていた。
〈……分かると思うが、こんな主星から距離のある小惑星だ。生鮮食料品なんてめったに手に入らない。久々に美味いものにありつけると思って、その手の作業に慣れたメンバーを四~五人、荷揚げと精肉加工に向かわせた。ところがだ――〉
「む、なんだか嫌な予感がしてきたな」
カンジがぼそっと、相づちを打つ風につぶやいた。
〈気密された倉庫区画に持ち込んだコンテナを開けたとたん、中から出てきたクソ鳥どもが、その場にいた連中を殺しやがった……監視カメラの映像を見たが、あっという間に蹴爪のある足で蹴り倒され、くちばしで喉笛を食い破られていた。何人かは銃で応戦しようとしていたが、駄目だった〉
「ええ……!?」
〈あいつらはもともと羽毛が硬質化してて、拳銃程度の弾なら弾いてしまう。だが、コンテナの個体は7.5mmのライフル弾さえ受け付けないようだった。殺された部下たちはそのまま、普段使われていない区画に続く通路へと引きずられていった〉
(まさか、捕食……?)
クロエの脳裏に最悪の想像がよぎる。
〈俺たちは大急ぎで全員呼集をかけ、司令室のある中枢ブロックに移動した……ここなら頑丈な壁とシャッタードアが、あいつらの侵入を防いでくれる〉
――質問が。
ラウラが口を挟んだ。
――7.5mmでは無効だったのですね? それより大口径の重火器や、刀剣や斧といった格闘武器ではどうです?
〈重火器――12.5mmくらいのものなら有効かもしれんが、それだと反動がきつくて、生身の人間にゃ設置状態以外で扱えん。施設内の機器を壊す恐れもある……悪いことに、作業用のパワーアシストスーツは、中枢ブロックからだいぶ離れた格納庫にある。あと、格闘武器も論外だ。奴らの動きには人間の反射神経と膂力では、まず対応できそうにない〉
――そこまでの事態を、まあずいぶんと簡単に外来者に振ってくれるものです。
ラウラの相づちに露骨な嫌味がにじむ。通信相手は少し狼狽した様子で、なんとかラウラをなだめようと食い下がった。
〈無茶な頼みなのはわかっている……だが、そちらは軍艦だろう? このくらいの基地なら制圧できるだけの人員と装備は整っているはずだ。頼む、俺たちはかれこれ二週間、水も食料も必要量の半分に満たない割り当てでしのいでる。もう限界だ……!〉
――ふむ。少しだけ時間をください、こちらのスタッフと協議します。
〈……ああ、ぜひよろしく頼――〉
「ヒュドラ鉱業団」の応答途中で、ラウラは回線を切った。
「参ったな。壺天で見たのは、あれは正夢だったらしい……」
カンジが憂鬱そうに首を横に振った。
――私たちに、彼らの要請に応える
ラウラは考え込んで言葉が途切れる。クロエは先ほどの会話の中で、こちらの知識と食い違う情報が出てきたことが気になっていた。
「カンジさん、ディアトリウマって植物食だって言ってましたよね? でも今の話だと人を襲って殺し、遺体を持ち去ってる……餌として保存しようとした、って気がするんです」
「確かにおかしいな。食性が変ったのか?」
「あー、そもそもこれが嘘だという可能性は?」
リチャードがぎろりと正面モニターを睨んだ。
「のこのこと基地に入ってみれば『はい囲まれました、武器を捨てて指示に従え』って可能性もあるぜ」
――むう。
誰かが低い声で唸った。と、そこで画面の半分が分割ウィンドウに切り替わり、やや画質の低い無音の映像が現れた。
――たった今、向こうから送付されてきたデータです。彼らの供述にあった、監視カメラの記録のようですね。
「え、じゃあ……」
――このまま再生してみましょう。