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第46話 海賊からのSOS.2

 ブリッジに上がると、すぐにカンジがクロエを手招きした。


「よし、来たな。状況を説明する。クレイヴンは今、キーロウ星系の外縁部へ星系内巡航モードで進入したところだが、救難信号が入ってる。シンプルなSOSだが……ひとつ腑に落ちない点がある」


「腑に落ちないって、何です? それになんで私がそれについて――」


「忘れちゃダメだ、クロエ。君はこの探索行で、調整官として活動することを想定した演習をしてるんだろう?」


「あ、そうだった」


 父がカンジたちに出した依頼と、クロエが家を離れたまま暮らすことへの許可――その意味を将来の進路に対する実地演習と解したのは、彼女自身の洞察だったのだ。


 クロエは人類文明圏の正義と公正の体現者たる、トップエリートの行政官「太陽系政府調整官ソル・コーディネーター」を目指している。指揮下の船で対処すべき新しい事態が発生したら、調整官たるものクロエは自ら意思決定を為さねばならない。


「分かりました。信号がおかしい、という理由の説明をお願いします」


「OK。端的に言うとだ、この信号は通常使われる周波数を守っていない。まるで、公的機関ではないものに救助を求めてるみたいにね」


「それって……」


 クロエは自分の眉根にきゅうっとしわが寄るのを自覚した。これは海賊がらみではないだろうか?

 そもそも今受けている配送依頼は、キーロウ03との連絡途絶について原因を調べ、解消するのが目的だ。そこには当然、海賊を含めた広範な非合法武力の存在が想定されている――


(つまり、ええと……海賊が仲間に救援を? でも、変ね)


 クロエの頭の中で、なにかが引っ掛かるような感覚がある。


「ラウラ! 発信源をたどって船の進路をそちらへ。それと――」


 クロエは頭を必死で回転させた。ここで考えるべきは、起きている事態の推定と、その絞り込みだろう。


「治安機構に照会をお願い。海賊が仲間にSOSを出すような規模で警察行動が行われてるかどうか、知りたい……可能なら、通信傍受も試してみて」


「うんうん、了解! 良い目の付け所だと思うよ、クロエ!」


 クレイヴンは星系内巡航速度の上限近くまで加速し、救難信号の発信源へ向かって飛んだ。外惑星圏のかなり内側へと入りこんだあたりで、船の周りの星空を飾る光点の数が、ぐっと増えたのが分かった。


「恒星キーロウと第五惑星『キーロウ05』のラグランジュL5点に到達。発信源はこの辺りです」


「なるほど。小惑星がかなりの数あるな……」


 ラウラの説明を聞いて、リチャードがうなずいた。


「ラウラ、治安機構への照会はどんな感じ?」


「それが、応答がないのよね。いくつかのチャンネルを試したけど、どこも回線がビジー状態みたい」


 はて? ――クロエは一瞬考えこんだ。


「変ね……傍聴はできる?」


 星系一つを担当する治安機構だ。いくら植民惑星やその所属星系の人口が少なめだと言っても、通信網がそんなに脆弱だというのは考えにくい。


「難しいわねえ。通信が飛び交っている様子はあるけど、かなり厳重に暗号化されてて複号デコードには時間がかかりそう。この救難信号の発信源を素直に探した方が早いと思う」


「わかった。じゃあ、その方針で続けて」


「了解。いったん通常空間へ降りるね」


 ラウラはクロエにうなずくと、右腕を上げて人差し指をひゅっと短く二回振った。船体に先ほどとは別パターンの振動が走り、モニタ画面上を流れ飛んでいた星々がすうっとその輝線を縮め、ピンホールを通したような光点に戻った。


 ――巡航モードから探査モードへ以降。受信拡張プローブ、射出しました。


 クレイブンから数百メートルの間隔をあけて並走する、二機の自律飛行体がラウラのコントロール下で稼働を始めた。特定周波数の電波に対してステレオマイクのように向けられたアンテナで、その発信源の位置を立体的に定位する仕組みだ。


 ――艦の前方第三象限、三千キロの距離にある小惑星を特定。どうやら見つけました。これです。


 モニター上に拡大表示された、不格好な形の岩塊がピンク色にハイライトされる。ラウラの報告によると、どうやら現行の星系内天体データベースに記載のない小惑星らしい。



 目視可能な範囲へ船が近づいていくにつれて、その様子が明らかになる。四人はそれぞれに不審と驚きで唸り声を上げた――そこは、中型サイズの着陸パッドを数基備えた、れっきとした宇宙基地だったのだ。


 パッドのうち三か所には、使いこまれた宇宙船が繋留されている。ぱっと見はありふれた汎用型の輸送船のようだが、よくよく見ればそこかしこに火器らしきものが増設されていた。

 基地自体も旋回式の砲塔を具えた何か所かの砲台に守られていて、それらは互いに射界を重複させ、死角を補い合うように配置されている。おまけに周辺の宙域には、不規則に配置された小さな金属製のブイのようなものが漂っていた。


「……機雷まで浮かべてやがるぞ」


 リチャードがあきれ顔でモニターを凝視する。軽い口調とは裏腹に、彼は眼前の状況に最大限の警戒を向けていた。


 ――さて、こうなるといささか困りましたね。クレイヴン単艦ではこの規模の要塞を破壊することは困難ですし、この人数では内部の制圧もまず不可能ですし……


「確かに。だがどうやら向こうにも何か事情があるらしいな。警戒レベルを引き上げた様子もないし、攻撃に移る様子もない。俺がここの責任者だったら、まず問答無用で撃つ気がするんだが」


 カンジのその問いには、次の瞬間ごくスムーズに回答がもたらされた。クレイブン宛に、平文の直接通信が飛び込んできたのだ。


〈そこの船、応答せよ……いや、応答してくれ。そちらは軍艦だな? 撃たないで欲しい、こちらに抵抗の意志はない――そもそも余裕がない〉


 ラウラが少し戸惑った後、慎重に応答を始めた。


 ――……こちらオリオン・コーポレーションズ所属フリゲート「クレイヴン」。救難信号を出しているのは、あなた方ですか?


〈そ、そうだ! 我々は現在この基地に閉じ込められ、生命の危機に瀕している。無理を承知でお願いするが、何とか助けてもらえないだろうかか?〉


 通信相手の声には、疲労と焦燥の響きがある。


「……なんだ、こりゃ」


 リチャードとカンジが顔を見合わせた。


「こっちを軍艦と見たにしても、えらく下手に出て来たもんだ」


「見逃せというならともかく、助けてくれ、とはな。艦長、向こうの状況を詳しく聞き出してくれ」


 了解、と片眼をウインクしてからラウラが通信を続ける。


 ――状況を端的に教えてください。それと、そちらの基地はデータベースに記載されていません。あなた方の所属を明らかにしていただけると幸いです。


〈……〉


 そう言われて通信相手はしばし黙り込んだ。そして、やがてためらいがちに語りだす。


〈あー……その、俺たちは『ヒュドラ鉱業団』だ。この辺りを通過する輸送船を相手に、行商みたいなことをやって食いつながせてもらっている〉


 ――行商、ですか?


〈そうだな。ちょっとした交渉を持ちかけて、必要な物資を融通してもらうわけだ〉


 ――なるほど。


 通信に応答しながらラウラが検索を掛けたらしく、やや古いアーカイヴから転載したらしい情報をクロエたちのモニターへ回覧してきた。


「キーロウ開拓の最盛期に、鉱物資源の採掘と運送を手掛けた会社の中に同名の企業があったようです」


「なるほど。仕事がなくなった開拓周辺事業の請負企業がそのまま、ってことか」


 ――……つまり、海賊ですね?


〈……〉


 互いに探り合うような沈黙が数秒続いた。




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