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二日後。往路と同じくDT44型降下艇『ホークビル』で、クロエたちは胡耀海の住む「穴」をあとにした。検疫センターでホークビルをクレイヴンに収容し、そのまま慣性制御装置を駆動させて衛星軌道まで上がる。
――星系内巡航速度に到達。ジャンプ・ドライブ異状なし。船内各種センサー、オールグリーン。
ラウラのアナウンスがブリッジに響き渡る。艦と一体化しすべての情報を掌握しているラウラにとっては、口に出す必要もない情報だ。
それでも数年に及ぶ艦隊勤務で身に着いた習慣は、彼女に口頭での情報共有と発令、復唱を怠ることなく繰り返させていた。
「うーん、やっぱり観光船みたいな感じになっちゃいますね、これ……」
「いいじゃないか、キビキビしてて。俺たちも乗ってるだけの客ってよりはこの方が、気合が入るぜ」
「ならまあ、良いですが」
ラウラのそこはかとない愚痴を、リチャードが程よく受け止めて引き立ててやっているのが、妙に微笑ましい。クロエの印象では、二人は操縦技能のある軍籍経験者同士で、親しみを覚えあっているようだった。
ブリッジ隅に急遽増設されたオブザーバー用の座席では、カスミが端末をコンソールに繋いで、作業に取り組んでいる。
来るときに乗っていた貨物船は一足早く出航してしまったが、今はより高速のクレイヴンに乗り込んでいるのだ。いざとなったら直接原稿を届けられると、余裕と安心感を持って仕事をしているようだった。
なぜ自分の立場についてそんなに楽観していられるのかは、クロエには理解できなかったが。
「いやあ……試験の後のあの、カンジさんの料理! 美味しかったですねえ……名前がちょっと文字にしづらいですけど」
「あー、うん。そうだな、『塩釜鶏』くらいにしておくのが無難だろう。使った素材的にも間違いじゃない」
「それはそうと、内容への検閲もう少し緩めてくれませんか。人名やなんかが軒並み『匿名Aさん』とかじゃ、あの試験の様子もろくに伝えられないですよ」
クロエは離れた席でそっと頭を抱えた。自分の名前もやたらに露出されては困るし、どうもカンジは胡耀海からもなにか、現時点では明かせない依頼を受けたらしい。カスミに知られずに済ませたいが、それも難しそうだ。
さて本命の「まるいの」探索はどう進めるべきか。次の目的地を絞り込むにはもう少し情報が必要だ。いくつかの星系に立ち寄って、そこのアーカイブに収められた植民・開拓史の記録を精査するのがよいのだろうが――
――フルソマ店長。それにクロエも。次の目的地と航路ですが……当星系Pr0188の治安機構から、本艦に要請が届きました。
「何だって……?」
カンジがいぶかしげに聞き返す。
クロエも思いだしていた。壺天への道中で戦った海賊船を中破させた後に連絡を取って、諸々の処理を任せたのが治安機構の巡視艇だ。
「なんて言ってるんだ?」
――M67散開星団に属する植民惑星『キーロウ03』との連絡が、途絶えたそうです」
(何、それ……)
クロエは思わずごくりと唾をのんだ。恒星間の連絡とはつまり、星系間で情報や必要な物資を定期的に運ぶ『船便』のことだ。それが途絶えたということは。
「なるほど……この間の海賊――あれの同類がまだいるってことか?」
――はい。本艦は、定期航路の安全確保と、キーロウ03への最新情報アーカイブの配送を依頼されています。報酬は配送で五百万マルス。航路確保については、不審船の目撃情報もしくは撃墜ログに対して、総額で最高二千万マルスまでを
「どうします……?」
「正直、報酬はしょぼいな。撃墜報酬が単価なら二千万は魅力的だったろうが、その場合は今度はリスクと負担が跳ねあがる。
――ええ。植民星にとって船便の途絶は死活問題ですし、私は現時点でも明確に宇宙艦隊士官としての責務を負っています。この依頼、引き受けましょう。
そして、ラウラは少しデータベースにアクセスする様子を見せてから、再び口を開いた。
――それにキーロウ03は、既知の植民惑星の中ではかなり古い部類です。現地のアーカイヴには、なにか価値のある記録が残っているかもしれません。