目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第40話 一炊の明晰夢.2

 そう認識してみれば、ようやく自分が何の場面にいるかが胸に落ちてきた。

 これは六年前、コンキリオン星系八番惑星のリング外縁部で、氷塊に含まれるリチウム化合物を採掘していた時の記憶だ。細部こそいろいろ違っているが、それがもとになっているのには違いない。


 ほんの一、二カ月の間現地の鉱業組合に登録して、希少資源の採掘で当座の金を稼ぐ算段だった。あの時は偶然にもリチャードに再会できたところで、前後数年の範囲では一番気分が上向いて楽観的になっていた。


 案外人間の運というのは、そういう時にこそ巡ってくるものらしい――リングをうろついているときに、二人は難破船を見つけたのだ。

 それは数か月前に消息を絶って、発見にそれなりの賞金がかけられていた貨物船だった。


〈カンジ。ありゃキグナス・ドックヤード社の『テラピン』級だぞ。ここいらで氷塊から抽出した資源を系外へ持ち出すために、結構な数が就役してるやつだが……〉


「ああ、ひょっとするとお宝を積んでるかもな。接近してくれ――ただし、気をつけてな」


 ひょっとすると、どころではない。これが自分の記憶をトレースしたものなら、あの船には10億マルス相当の希少鉱物が積まれている。船主に届けた謝礼だけでも、ちょっとした船と追加モジュールがあつらえられる――


「チャンスだぜ、リチャード。首尾よく行けばどこか静かなところで適当に店でも開いて、悠々と暮らせるだろう――」


 当時吐いたものと寸分たがわない、厭世気分と野心が綯い混ざったセリフが口を衝いて出る。カンジはひどく可笑しくなって、ヘルメットの内側で笑い声をかみ殺した。

 その金は現実で六年前に。明晰夢を見るのはおよそ初めてに近いが、既に結果の出た事象を正確にトレースすることに、なぜ自分の脳はこんなに一生懸命になってしまうのか。


〈よし、テラピンに取りついたぞ……今から外殻のエアロックを開ける〉


「了解だ、すぐにこっちも追いつく」


 推進器スラスターを軽くふかして、リチャードの向かった方向へと軌道を修正。氷塊だらけの周辺の空間へ向かって、近接レーダーでスキャンを繰り返しながら、見かけ上はゆっくりと飛んでいく。


(なんでこんな夢を見てるんだ、俺は……?)



 その瞬間。船内がぐにゃりと歪み、照明のランプが暗い赤に切り替わった。そして通信機の向こう側では、リチャードの切迫した声。


〈なんだ……!? ヤバいぞカンジ、テラピンの船内にいる〉


「おい!『何か』ってどういう意味だ……?」


〈こいつら、人間じゃねえ……襲い掛かっ――うわぁーー!〉


「リチャード!? クソ、そんな船。すぐ戻れ!」


 マイクに向かって叫ぶが、返事はない。リチャードの安否は分からないままヘルメットのスピーカーから、彼の声が幾重にもこだまする


 ――カンジ! 逃げろ、カンジ……!!


 こんな展開は明らかにおかしい。どうやら自分自身の何かの不安やさらに言えば恐怖が、過去の印象的なイベントの記憶に浸食して悪夢を生み出しているのだと、なんとなく分かるが、カンジは依然として目覚めることができないままだ。


 採掘船は自動操縦オートパイロットに切り替わったまま、貨物船の残骸へと吸い寄せられて行き――



  * * * * *



「カンジさん! 起きてください、カンジさんったら!」


 夢の続きのように、自分を呼ぶ声――ただし、リチャードではなくクロエの声が、半覚醒状態のカンジを引っぱたき、揺さぶっていた。


「う、うぇ……ああ、クロエか」


「大丈夫ですか? なんだかすごくうなされてましたけど」


「そうか……うん、そうだな……今のは夢だったか。ずいぶん昔の夢を見てたが……途中でスペース・ホラー活劇みたいになりかけてたから、起こしてもらえてよかったよ。今、何時だ?」


「夜の九時半を、ちょっと回ったところですね。だいたい予定通りです」


「うん、ありがとう。本当に疲れていたみたいだな、俺は」


「いえいえ。それで、あとは何の仕事が残ってましたっけ?」


「そうだな。明日本番で使う食材の、カットや戻し、下煮なんかの仕込みをやって、あとはこのスープ椀の山を洗うぐらいか」


「手伝いますね。二人ならすぐ終わりますよ」


 クロエは慣れた手つきで椀を洗浄機に並べ、スイッチを入れた。彼女にとっては「饕餮」でも三か月間、ほぼ毎日繰り返してきた業務だ。


 しばらくの間、水音と器同士が触れ合うかすかな音だけが厨房を満たした。


「夢に見るような記憶……それもあんなに魘されるなんて。カンジさん、昔何があったんです? 昼間にも崖の上で、お師匠様と何か深刻な感じで話してたみたいでしたよね」


「ああ。そこは少し誤解があるかもな……俺が今見た夢と、昼間の話は直接には関係がないよ」


「あれ、そうなんです?」


「うん。軍をやめた後しばらくして、行方不明の貨物船を発見する幸運に出くわしてな……船主と星間船舶保険の『VOIDS』から、結構な額の謝礼や褒賞をせしめたんだ」


「え、すごいじゃないですか……もしかして、それでお店を開いたとかですかね。じゃあ、お師匠様との話の方は?」


「……すまんが、そちらについては今は話したくない。いろいろと気になっている事はあるが、所詮過去のことだ。それにここ数年のニュースを追う限りでは、俺の懸念は現実になってはいないようだからな……だが、必要になったら説明しよう」


「そうですか。でも、聞けるときには何か、良くないことが起きてるってことですよね……?」


 クロエは執念ぶかく食い下がる様子だったが、不確実な話をしてもこれ以上はどうにもならない。カンジはその後ほぼ無言で作業を済ませると、クロエと別れて自分に割り当てられた部屋に戻った。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?