「何だ!?」
「救難信号を受信、付随して高エネルギー反応を検知!
そう叫んだラウラは、傍目にひどく奇妙な行動をとった。
座席から立ち上がって、後ろにある
「カンジさん、これは一体?」
「分からん。艦の制御に際して、自分の脳に持っている
その推測は正しいらしかった。四肢や手指、視線の動きに合わせて艦はその挙動を変え、加減速を行い、スクリーンに投影される周辺のスキャン情報が次々と入れ替わる。
「見つけました。十時の方向、艦を中心に見て第Ⅱ象限に宇宙船が二隻。戦闘中――いえ、これは襲撃のようです」
「……片方はマコード型貨物船だな。滅多打ちじゃないか」
リチャードが憤慨した声を上げた。
スクリーンに映った望遠映像では、角ばったシンプルな形状の宇宙船が、敵船から執拗なパルス・レーザーの砲撃を受けている。
「攻撃者は――モカシン級か。キグナス・ドックヤード社の快速商船だったと思うが」
クロエはその名前を聞いて、父の愚痴を思い出した。
――モカシンは万能すぎる。おかげで複数の分野でシェアに食い込まれて、たまったもんじゃない。
船体設計に余裕があり、ごく簡単な改修を施せば、すぐに戦闘艦として運用できる。最初から流用を前提に作られたのではないか、ともいわれ、現に複数の自治星系では、小規模な艦隊の主力艦としても利用されているものだ。
「海賊……ってこと?」
こういう快速商船は、積荷も多目に搭載できる。海賊や私掠船にはもってこいなのだった。
「艦長。あの貨物船、救助できるか?」
「訊かれるまでもありません。やります」
「助かる。『壺天』はあの環境だ、全面的な自給自足は難しい。あの船の貨物は、師父を含めて少なからぬ人間の命綱に繋がっていることだろう」
「承知。クレイヴンと私の『シェル・ダンス』、存分にお見せしましょう」
ラウラが両掌を肩から上へと掲げ、左右同時に寸分の狂いもなく、小気味よい音を立てて指を鳴らした。
――慣性制御レベル・3
各自の座席の前、制御卓に現在の状態が表示された。このレベルでは戦闘時の加減速、旋回によって生じるGと慣性モーメントから、乗員はほぼ完全に保護される。艦体が維持できる限り、どんな機動を行っても構わない。
「艦首粒子砲、スタンバイ。両舷
内蔵のものも外装式のものも、あらゆる搭載火器がラウラ自身の腕の振り、足のステップによって次々と息吹を吹き込まれていく。 クレイヴンは惑星の重力を考慮することなく急激な加速で戦闘宙域へ突入し、モカシンとマコードの間を隔てる空間に艦体をねじ込んだ。
「そこのモカシン級、直ちに戦闘行為を中止せよ。こちら太陽系政府軍宇宙艦隊所属『クレイヴン』。平時任務要綱に基づき、貴船の企図と行動に介入する。抵抗すれば容赦はしない」
直截な平文でラウラが通告を送る。敵船は返信を行わず、大胆にもパルス・レーザーを撃ちかけてきた。だが、その大部分はラウラの回避運動によってあらぬ方角の虚空を突っ切って走り去り、ごく一部はクレイブンのシールドに遮られて、映像スクリーンの画面を火花で眩しく彩った。
「うわ、撃ってきた! ラウラ、いまの大丈夫だった? 大丈夫なのよね?」
「ええ。問題ないわ。しかしなんて愚かな……警告を無視した以上、こちらにも手控える理由はありません。カンジさん、リチャードさん」
「お、なんだ?」
急に名前を呼ばれて、リチャードとカンジが一斉に振り向いた。
「制御スロットが足りませんので、艦尾上面左右のレールガンをそれぞれ一門、お二人にお願いします」
「構わんが、俺らで出来んのかよ」
「砲塔の目標追尾は自動ですので、発射トリガーのタイミングだけ。私に生身で腕があと二本あれば、それも制御できたんでしょうが」
「……分かった」
「美女の頼みとあっちゃ、やらんわけにはいかんな!」
「よろしくお願いします。艦尾レールガン、
「同期カメラに……トリガーはこれか」
「げぇ、この砲架、限定旋回かよ!?」
「まあ艦体中心軸にはこのブリッジがありますので。お二人でそれぞれ左右の象限を分担してください」
「ラウラ、私は?」
「クロエは……私を観ていて?」
なんじゃそりゃ――脱力するクロエだったが、戦闘は電撃的な展開を見せた。
パルス・レーザーがシールドで中和されるのを見た海賊船は進路をそのままに加速、オーバーシュートからの逃走を試みた。だがクレイヴンは推力を瞬間的に切り、姿勢制御スラスターの全力噴射で裏返るように一八〇度回頭してそれを追う。
ターボレーザーの弾幕を緩慢なロールと細かな変針でくぐり抜けるモカシン。だが次の瞬間、追尾ミサイルの群れが挟み込むように左右から襲い掛かり、脆弱なシールドをほぼ削り取った。
彼我の戦力差はもとより圧倒的。純粋な戦闘艦として作られたエクセター級フリゲート相手に、モカシンでは勝ち筋が乏しい。まして
「クレイヴン」が艦の軸線をぴたりと海賊船に向け、コンマ五秒遅れて左右のレールガンが標的を
「今だな? 発射!」
「発射ぁ!」
レールガン二発が立て続けに着弾。装甲を貫通されたモカシンは、まだどうにか咳き込むように動き続ける推進器を頼りに、よたよたと宙域を離脱していった――
「沈めないのか?」
「あの損傷ではジャンプに移行することは困難でしょう。星系治安機構のIDを有する、ベイカー級巡視艇が二隻、救難信号を受けてこちらへ接近しているようです。彼らに連絡を取って、あとは任せましょう」
巡視艇に、惑星地表の管制局、そして目の前の貨物船。
ラウラは矢継ぎ早に通信を送りながら、貨物船へと接近して護衛の意志を表した。先方の船からも通信が入る。
〈――こちらカレドニア運輸の定期貨物船、RB133『花筏』。救援に感謝する。本船はこれより通常の商用軌道に再遷移、『壺天』赤道エリアのN3発着場へ降下予定――〉
「……艦長。俺たちの目的地もその近くだ。護衛ということで、一緒に降りてくれ」
カンジが前方を見据えたまま、静かにそう言った。