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第31話 シェル・ダンス.1

  * * * * *


 「体感で」という表現さえ意味をなさない、無に等しい暗黒の中から再び意識が浮上する。何秒たったのか、或いは何年が経過したのかも判然としないが、とにかくクロエが気が付くと、クレイヴンは通常空間に復帰していた。


(うっへえ……流石に軍艦のジャンプはきっついな……)


 定期船を乗り継いでの一人旅で、ジャンプ自体は何度も経験してはいる。だが、旅客の快適さに配慮した定期船や観光船に対して、軍艦のジャンプはその移動距離もチャージの速さもけた違いだった。


「ジャンプ完了、予定通りの宙域へ到達しました。これより巡航速度で「壺天フーティエン」へ向かいます」


「ありがとう、艦長」


 カンジの謝辞にそっけなく一礼してラウラはそのまま艦を操った。

 観測窓と映像スクリーンに拡がる星空は惑星の上で観るものと同様、一様に銀の砂をばらまいたようで、クロエにはどれがどの星なのか判然としない。


 だがラウラには、「クレイヴン」の観測機器及び星図データと直接リンクすることで、その一つ一つが意味のある情報として捉えられているのに違いなかった。


 賛嘆の視線に気付いて、ラウラが微笑む。


「クロエ……I型艦艇ってね、孤独なのよ」


「え?」


「I型艦艇の艦長は、ってこと。I型は何十人もの乗組員クルーを必要としないから、最低限の人的資源で運用できる。結果的に、送り込まれる任務は生還の保障がない危険な単独航海か、ただただ暇を持て余すばかりの、辺境の哨戒や情報収集」


「ああ……そうなる、わね。確かに」


「軍や宇宙艦隊スペースフリートにとっては必要不可欠な任務だけど、できるだけコストを削りたい仕事でもある……だから、トビアスの要請が回って来たのを知るやいなや、飛びつくように志願したわ。こんな低脅威度での気楽な航海ができる機会はめったにないし、何といってもクロエのそばに居られるから」


「ラウラ姉にそう言ってもらえるなら、本当に良かった」


「どれくらいの期間になるかはあの二人次第なんでしょうけど、よろしくね」


「……なるべくさっさと片づけたいんだが、これはどうも言いにくい雰囲気だな」


 会話はあらかた聞かれていたらしい。カンジが観測窓の方を向いたまま、困惑と笑いの両方を帯びた声で話の輪に加わってきた。


「それはそうと、そろそろ『壺天』が観測できる距離じゃないか?」


「ええ。望遠鏡ですでに捕捉しています。スクリーンに出してみますね」


 コン、と小気味よい通知音がブリッジに響いた。スクリーンの画面が切り替わり、中央に赤みがかった灰色の地表を持つ惑星が現れる。


 あれ、とクロエはその惑星に奇異な印象を抱いた。 


「カンジさん。『壺天』って、豊かな自然がある惑星なんですよね……? 見たところ、地球類似体アース・アナログとは思えないんですけど」



 灰色の地表が球面のほぼすべてを覆い、はっきりとした海は見当たらない。そしてその地表のあちこちに、クレーターだとすれば異様に大きな、薄暗い円形の穴が口を開けているのだ。



「いや。あれは間違いなく地球類似体アース・アナログだよ。軍を辞めたあと一度訪ねたからな、地表の実態はこの目でしっかりと見た。まあ、もっと近づくまで待ってるといい……驚くぞ」


「そうなんですか……?」


 そう言われると、ますます興味を引かれる。接近していくにつれて大きくなる、赤灰色の円盤に目を凝らしていると、不意にクロエの眼が不思議なものを捉えた。


「ああっ。何か青い……あれは……?」


 特大のクレーターのように点々と穿たれた、件の円形をした穴。これまでは光の角度で見えなかったようなのだが、ある距離と角度に「クレイヴン」が差し掛かった瞬間。その穴の奥底が、光を反射して青く輝いたのだ。


「恒星の光に対して反射率の高い物質があって……あの青はレイリー散乱によるものだとしたら。まさか、大気と海……?」


「概ね、ご名答。惑星『壺天』の地殻は変わった構造をしていてね。正確なことは今後の惑星地質学者の研究を待たないとだが、大規模噴火の後の陥没や、水による浸食を受けてあちこちに巨大な穴と、多くの場合は地底湖が形成されたようなんだ。そして、一つ一つの穴ごとに特有の生物種と生態系がある。地球にギアナ高地という場所があるが、あれをもっと極端にしたと思えばいい」


「初耳……! そんな面白い星が、なんで普通の旅行ガイドに載ってないの」


 訊いては見たものの、クロエにもおおよその想像はつく。穴ごとに違うというそれらの生態系は、恐らくきわめて脆弱で不安定なのだ。


「……観光客が押し寄せたりしたら、あっという間に壊滅的な影響を受ける……ってことですね?」


「ああ。師父もあの穴の一つにおられるが、定住にあたってはかなり厳しい汚染防止措置を自分に課しておられた。俺たちも、降りるならそれに倣う必要がある」


「……地球類似体って、扱いが難しいのね」


「そりゃそうだ。植民地主義的に振る舞うのならともかく、現地の固有生物と環境を保全するなら、発見しても産業的な利用はほとんどできない。テラフォーミング可能な不毛の『地球型惑星』を見つける方が、開拓者たちや企業にはよほど喜ばれる」


 そうなのだ。現にクロエが育ったのも、テラフォーミングで人工的に作られた「地球類似体アースアナログ」だった。

 あそこには土壌や水中の微生物までもが長い時間をかけて運び込まれ、「壺天」や「雲台」のような制約はほとんどない。


「私も降りて大丈夫でしょうか? というのはつまり、この艦ごと、ということですが」


 ラウラが艦長席から話に加わってきた。


「どうも、この惑星の衛星軌道には、クレイヴンが停泊できる規模のステーションがないようなので」


「ああ。それについては止むをえまい。地表の外殻部に何か所か、除染設備を備えた発着場が設けられている。その一つへ――」


 カンジが言いかけた時、突然耳障りなアラート音がブリッジ内に鳴り響いた。

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