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「ねえ! 店長……カンジさん! 見てくださいよこれ!」
ドア越しに呼ばれて、クロエは端末を掲げながらフロアに駆け込んだ。
「天の川ニュースネットワークと契約してる、砂岡ってライター! ひどいんですよ!」
「砂岡……カスミ・砂岡か? あいつがひどいのは知ってるよ。いいから、
カスミ・砂岡の名を聞いたカンジは、いかにもうんざりした顔でクロエをあしらった。
「だって! 覆面取材で、私の顔まで隠し撮りして!」
「覆面。そう、覆面取材なんだよあいつ……え?」
半ば聞き流すような応答をしながら、カンジが不意に固まった。
「クロエの顔を……? ってことは、あいつまた来てたのか!?」
「また、って……もしかして前にも覆面取材で!?」
――どういうライターなの、そいつ。
ラウラが小声でつぶやくのが聞こえた。
「……この店を最初にメディアに紹介したのが、カスミだ。どこかから口コミでかぎつけたらしいが、その時も覆面で、俺にアポを取らなかった。たぶん取材の謝礼を払いたくなかったんだろう……おかげで店は有名になって系外からの客も来るようになった」
「ってことは、ある意味恩人……?」
いや、とカンジはかぶりを振った。
「繁盛するのはいいことだが――俺はそもそも、儲けたくてここで店を始めたわけじゃない。『饕餮』をこんなに注目される店にする気も、もともとなかった。それをこちらの同意もなく覆面取材で記事にされて……前にも言ったが、正直カスミの記事は迷惑だったんだ」
そういえば、とクロエは三カ月前の出会いを思い出す。あの時、カンジは「ナマコモドキの在庫が底をついた」などと言っていた。
実際に漁を体験してみたからわかることだが、あの食材はそんなに無造作に、短期間で大量消費するべきものではないのだ。
「しかし、どうなってるんだ……俺はそれなりに、人の顔を覚えるのは得意な方なんだがな。今もって、いつのどの客がそうだったのかまるで分らん」
「あー、もしかして、『物凄く変装が得意』とかなのか……?」
リチャードの言葉に、カンジはさらに顔をしかめた。
「だとしたら、ますますろくでもない……まあいい。そう頻繁にここに来ることはないだろうし。ああ、クロエ。カスミの、執筆者プロフィールとか記載されてないか? 次の予定とかがあるなら、前もって対策を立てたいが」
「あ、ちょっと調べてみます」
「はぁ。こりゃ、飯はもうしばらくありつけそうにないな……」
リチャードのぼやきに、ラウラが諦めたように首を振った。
クロエはネットワークニュースのポータルサイト内をあちこちと検索して回り、ごく片隅のそれもスクロールした画面外にカスミ・砂岡の次回予告コメントを発見した。
【……雲台の穴場グルメスポット『饕餮』に掲げられた扁額――ふとしたきっかけで、私はそこに書かれた漢文が今も存命の、伝説の料理人の警句であることを知りました……】
そこまで読み上げたとき、カンジがひどくドスの効いた低い声を発した。
「……お゛い゛」
「やだ、何て声出すんですか」
「いいから、その先を読んでくれ。あの女、まさか……」
「あ、はい」
【中華の哲人、
そこまで読み上げたところで、カンジが――この男にはかなり珍しいことだが――怒気を露わにしてうめいた。
「あの女! まさか師父に手を出そうとは……」
「師父? この胡耀海って方、カンジさんの
「ああ。胡耀海は俺の
「え、えっと、はい……投稿時期、投稿時期は……二週間前になってます。取材日時は分かりませんが、更新予定日は二週間後。地球時間の十月六日です」
「そうか……ええと、インタビューを収めた記録メディアをあの星から最寄りの星系ステーションに送ったとして、一般的な郵便船の速度とジャンプ能力を考慮すると……」
カンジが目まぐるしい速度で端末を操作し、しきりに何かつぶやいては画面に指を走らせた。
「更新日から逆算すると、あと三日後くらいには、カスミが師父のところに押しかける計算になる。よし、ラウ――マルケス艦長。急ですまないが、明日中にプレセぺ星団に向けて出発したい」
「ホントに急ですね!? プレセペならまあ、この雲台からはそう遠くないですが」
「目的地は恒星Pr0188の第4惑星『壺天』――師父はもう高齢だ。カスミ・砂岡のようなジャーナリスト気取りの野次馬に、一分一秒でも煩わさせたくない。奴が師父に接触する前に、なんとしても阻止する」