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第27話 既知宇宙(ノウンスペース)に網を張れ

「トビアスCEOから貰った、クロエの曾祖父君ひいじいさんのメッセージ。調査の手がかりとなるのは今のところこれだけだが……メッセージの内容からいくつかの絞り込み条件が導き出せる――」


 カンジの入力に合わせて、端末画面上にいくつかの条件項目が表示された。


 曰く。


 ■ 四季と水が存在し、降雪が発生する惑星であること。


 ■ 当時の年代ですでに、民間宇宙船による輸送航路が到達していること。


 ■ 同じ年代に植民者が到着し、居住地が成立していること。


「なるほど、コープランド翁の青年期、その時点での人類の進出範囲で、条件を満たす惑星がある星系ということか。大分絞り込まれてくるな」


 リチャードがうなずいた。


 絞り込み検索で残ったのは、ざっと40ほどの星系だ。人類が実際にひとつひとつの星系に到達できるようになったことで、小さな質量をもつ固体のいわゆる地球型惑星もその発見数を大きく増やしていた。


「あれ? でも待ってください……! この条件だと、探し出せるのはトビアスのお爺さんが滞在した惑星、ということになりますよね?」


 ラウラが手を挙げて疑問を口にした。


「これだと、まだ件の『便利屋』と同じラインに立っただけ――」


 その通り、とカンジが大きくうなずく。


「そうだ。事実、件の『便利屋』も同じ着眼点で目標を絞り込んだ。結果、ピックアップされたほとんどの星を回ったんだが、それらしい食材を発見することはできなかったんだ。コープランド翁の立ち寄った星も、完全特定には至っていない。しかし、ここでトビアスCEOの着想がある――謎の植民者集団、恐らくは特殊なESPを有する彼らが、かつてどこかで食べた『まるいの』の実物があったのではないか、という例の仮説だ」


 カンジが再び端末を操作し、新たな検索条件を追加する。


「それを加味すると、こういう条件が考えられる」


 ■ すでに植民者集団が入植を試み、或いは定住した星系からの再移民を受け入れた経緯のある惑星を抽出。


  ? その植民者集団のをリストアップ。


「それだと……40候補からまた増えるのでは!?」


 ラウラががたんと椅子を鳴らして身を乗り出した。


「増えるね。場合によっては一つの『雪の降る惑星』に対して、複数の星系、惑星が入植元として提示される」


「冗談じゃないぞ、それじゃ三千万マルスでひきあう話じゃなくなる」


 リチャードが不快そうに声を軋ませた。


 会話の間にも画面上では検索が進行し、おおよそ百ばかりの恒星系やその惑星が表示された。そのいくつかの名には彼らにも覚えのあるものだ。

 なかには恒星以外には小惑星と、そこから資源を抽出して築いたステーションのみなどという、うら寂しいものもあった。



「……だいぶ増えたなあ。それでも、コープランド翁が立ち寄った惑星を捜すよりは進展したと言える、か」


「……とすると、何か別の検索条件が必要かもしれません。いままで考慮しなかった類の、何かが……植民者集団の記録とか、その辺りを探って見ますか?」


「いい発想だ。だが……それは恐らくこんな一般のネットワーク・アーカイブに、ぽんぽんさらしてあるような物じゃない」


「それはそう、ですねえ」


 ラウラも、軍人としてそこは否定できない。何となく話が行き詰ったところで、カンジがふうっと息を吐いた。


「仕方がない。いったん切り上げて、食事にするか」



  * * * * *



「はぁー、めんっどくさいなぁ、もう!」


 クロエは大型端末にかじりついて、代替機が届いた個人用端末の再設定に悪戦苦闘していた。一言でいえば、作業が多いのだ。

 パスワードの代わりに登録済みのDNAコードや指紋パターンといった生体情報を使うことで、認証自体はすんなり通っている。


 だが、彼女が盗難に遭った端末を使ってアクセスしていた各種のサービスやネットワークは、我がことながら呆れるほど、実に多岐にわたっている。それを一つづつ潰していくのは中々に神経が疲れるのだった。


「よし、休憩休憩!」


 クロエは椅子をぐっと後方へスライドさせると、通信ケーブルを引き抜いて端末を手元へ引き寄せた。


(せっかく端末が手元にあるんだし……天の川ニュースネットワーク、なんか更新されてないかな……?)


 一番最近の閲覧履歴を呼び出すと、そこには例の「星間旅行ガイド」のヘッドラインが表示されている。その新着に表示されている文字列がクロエの注意を引いた。


 ――【星際中華『饕餮アヴァリス再訪、そして……!】


「へぇ?」


 変だな、と首をかしげる。自分が知る限り、この三カ月の間に取材など来なかったのだが。

 気になって読み進めるうちに、クロエは頭にカッと血が昇るのを感じた。件の記事のライターは、やはり前に見た「饕餮」の紹介記事と同じのようだ。


 カスミ・砂岡――まだ新人と言ってよい部類の、契約ライターだ。よく執筆しているのは「饕餮」と同じような、人口の少ない星系の穴場にあるグルメスポットの紹介記事と、それに著名人の身辺を嗅ぎまわったゴシップ記事だったが。

 どうやらこの人物は、カンジやクロエら店の人間に何の許可も取らず、を行ったらしいのだ。


「うわ……これ、多分隠しカメラとかマイクとか使ったんだ。何て悪質な! 道理で記憶がないわけね。知らない間に撮影されてるとか、やだなあ!」


 店内写真の一葉には「フロアには新しく雇ったのか、可愛らしいウェイトレスさんもいました」などというキャプションがつけられ、クロエの顔がやや不自然なアングルからアップで載せられている。


(これ、多分お父さんも見たんだわ)


 父と和解したとはいえ、買い出しの帰りに余計なドタバタに巻き込まれたことはいまだに恨みがましい想いと共に思いだされる。やや捻じれた復讐心を込めて、クロエはそのライターの名前を、サイト内検索で捜した――


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